テキサンズ共同創設者のジャニス・マクネアが逝去、享年89
2026年07月15日(水) 09:26
ヒューストン・テキサンズの共同創設者でシニアチェアのジャニス・マクネアが89歳で亡くなった。テキサンズが現地14日(火)午後、声明を通じてマクネアの訃報を伝えている。
マクネアと夫ボブは、1997年にヒューストン・オイラーズがテネシー州へ本拠地を移した後、2002年にテキサンズを創設した。
息子のカルは父親が2018年に亡くなってからチームの日常業務を統括しており、今後もフランチャイズを率いていく。ジャニスは2024年春に筆頭オーナーの地位をカルに譲った。
カル・マクネアは声明で「母は素晴らしい人だった。思いやりにあふれ、喜びに満ち、尽きることのない希望と愛を持ち、信仰、家族、慈善活動、そしてフットボールを中心とした素晴らしい人生を送った」と述べている。
「私やルース、メリッサが母のもとに生まれたことに対して抱いている深い感謝は、言葉では言い表せない。家族以外で、母にとって最も大切なのは愛するテキサンズだった。私は今後もこのフランチャイズを率い、両親がヒューストンに再びフットボールをもたらした際に築いた基盤をさらに発展させていくことを光栄に思う。母は家族、チーム、そして地域社会に消えることのない足跡を残し、その奉仕の精神はこれからもずっとこの組織の根幹に深く根付き続けるだろう。悲しみに暮れている一方で、母が今、最愛のチームメイトである父と再会できたと思うと、心が救われる」
ジャニスには4人の子ども、16人の孫、13人のひ孫がいる。
テキサンズのリング・オブ・オナーに4人目として迎えられたジャニスの名前は、夫ボブやテキサンズのレジェンドであるアンドレ・ジョンソン、J.J.ワットと並んでスタジアムの天井付近に掲げられている。
NFLコミッショナーのロジャー・グッデルは「ジャニス・マクネアは並外れた寛大さと気品、信仰心を備えた女性であり、彼女がヒューストンの地域社会とNFLに与えた影響はこれから何世代にもわたって受け継がれていくでしょう」と述べた。
「彼女はボブとともに、愛するヒューストンにNFLを呼び戻すことに尽力し、奉仕、誠実さ、地域社会への貢献という2人が大切にしていた価値観を体現する組織としてテキサンズを築き上げる上で重要な役割を果たしました。ボブの死後は6年間にわたりコントローリングオーナーを務め、家族やテキサンズ、ファン、そして数え切れないほどの慈善活動に献身しながら、揺るぎないリーダーシップを発揮し続けていました」
「NFLファミリーを代表して、マクネア家、テキサンズ、ヒューストンの地域社会の皆さまに心よりお悔やみ申し上げます」
サウスカロライナ州マートルビーチ出身のジャニスは、1960年に夫ボブとともにヒューストンへ移り住み、この街を第二の故郷とした。
マクネア夫妻は慈善活動に尽力していたことで知られ、フランチャイズ創設初年度の2002年にはヒューストン・テキサンズ財団を設立。同財団はヒューストンに希望を“もたらす”ため、これまでに5,100万ドル(約82億7,319万円)以上を集めてきた。
ロバート・アンド・ジャニス・マクネア財団は、“サウスカロライナ大学、ライス大学、ベイラー医科大学、M.D.アンダーソンがんセンター、テキサス大学ヒューストン健康科学センター、およびテキサス小児病院に優秀な学生や教員を招くこと”を目的としたマクネア・スカラーズ・プログラムを設立した。
ジャニスは長年にわたり、チームの内外を問わず、多くの人々に深い印象を残してきた。
2006年から2011年までラインバッカー(LB)としてテキサンズで活躍していたデミコ・ライアンズは、2023年にヘッドコーチ(HC)としてチームに戻り、そこから3年連続でテキサンズをプレーオフ進出に導いている。
ライアンズHCは声明で「マクネア夫人は本当に素晴らしい方で、その死は深く惜しまれるでしょう」と述べ、次のように続けた。
「マクネア夫妻は家族のように感じられる組織を築き上げており、現役時代にその下でプレーできたことは本当に光栄でした。2023年にヒューストンに戻ってきた日のことは、いつまでも忘れないでしょう。夫人は両手を広げ、いつもの温かな笑顔で私をテキサンズファミリーに迎え入れてくれました。私たちは組織を新たな高みへ導くという同じビジョンを共有していました。その目標を実現するために、これからも日々努力を続けていきます。カルとハンナ、ご家族の皆さまに心よりお悔やみ申し上げます」
【RA】



































