ワシントン・コマンダース
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チームデータ
フランチャイズ創立 | 1932年7月9日 |
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NFL加盟 | 1932年 |
レギュラーシーズン通算成績 | 617勝622敗28分 勝率.498(1932年-2021年) |
スーパーボウル出場 | 5回 第7回(1972年)、第17回(1982年)、第18回(1983年)、第22回(1987年)、第26回(1991年) |
スーパーボウル優勝 | 3回 第17回(1982年)、第22回(1987年)、第26回(1991年) |
NFLチャンピオン | 2回 1937年、1942年 |
オーナー | ジョシュ・ハリス |
GM | ジェイソン・ライト |
ヘッドコーチ | ダン・クイン |
チームカラー | バーガンディー、ゴールド |
スタジアム | ノースウェスト・スタジアム(メリーランド州ランドオーバー) 1997年建造/82,000人収容 |
チーム名の由来 | 現在のレッドスキンズは1932年にジョージ・P・マーシャルら4人のグループによって、ボストンをフランチャイズに設立された。当時のチーム名はブレーブス。これは現在アトランタを本拠にする米大リーグ(MLB)ブレーブスが使用していたブレーブス・フィールドを間借りしていたためである。 チームは後にイーグルスの共同創設者となるラド・レイがコーチに就任して1シーズンを戦った。しかし、この最初のシーズンで4万6,000ドルの損失が出たこともあってマーシャル以外の投資家はチームから去り、マーシャルが単独オーナーとなった。さらに本拠地をMLBレッドソックスが使用するフェンウェイ・パークに移している。 この移転に合わせ、チーム名もブレーブスからレッドスキンズに変更された。もともとのブレーブスがアメリカ先住民に由来するものであったため、やはりアメリカ先住民を意味するレッドスキンがチーム名に選ばれた。インディアンズにならなかったのはすでに野球でこのチーム名を使用しているチームが存在していたためと言われている。 レッドスキンズがNFLチャンピオンシップ・ゲームに進出した1936年、チームが好調の波に乗る一方で、地元の人気は低く観客動員が低迷しており、NFLチャンピオンシップ・ゲームはレッドスキンズに地元開催権があったにもかかわらず、ニューヨークで開催されたほどであった。この不人気を受けて、マーシャルは翌1937年に出身地であるワシントンへの移転を決断。こうしてワシントン・レッドスキンズが誕生することとなった。 チーム研究所シーズン1:ワシントン・レッドスキンズ チーム研究所シーズン2:フェデックス・フィールド |
過去5シーズンの成績
2021年 | 7勝10敗(NFC東地区3位) |
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2020年 | 7勝9敗(NFC東地区1位) |
2019年 | 3勝13敗(NFC東地区4位) |
2018年 | 7勝9敗(NFC東地区3位) |
2017年 | 7勝9敗(NFC東地区3位) |
歴史
ボストンで産声も地元人気薄によりワシントンへお引っ越し
1969年にマーシャルが死去した後、起業家で米プロバスケットボール(NBA)ロサンゼルス・レイカーズのオーナーだったジャック・ケント・クックが1974年にマイノリティオーナーから2代目筆頭オーナーとなった。クックが1981年にジョー・ギブスをヘッドコーチに招くと、ギブスの下、レッドスキンズはスーパーボウルを3回制覇している。さらに1997年には当時NFL最大規模の8万人が収容可能な自らの名を冠した新本拠地ジャック・ケント・クック・スタジアムを建設した。
ただ、クックはそのスタジアムのオープンを待たずして同年4月に亡くなっている。
1999年にクックの遺族からチームとスタジアムを購入したのが、現オーナーのダニエル・スナイダーが率いるグループだった。買収額は8億ドルで、スポーツチームの買収額としては当時史上最高額である。