ライオンズで4シーズンプレーしたDBアルフォンソ・スミスが死去、享年40
2026年09月04日(金) 14:33
2度のオールアメリカンのディフェンシブバック(DB)で、NFLで4シーズンプレーしていたアルフォンソ・スミスが亡くなった。40歳だった。
家族からの知らせを受けたウェイクフォレスト大学によれば、スミスは現地2日(水)に亡くなったという。死因は明らかにされていない。
スミスは水曜日、『Facebook(フェイスブック)』に、自身のメンタルヘルス上の問題についてつづり、謝罪し、許しを求める投稿を行っていたとみられる。
その投稿には「俺のことで泣かないで!」とあった。
「俺の中に誰かが植えつけたもの、その背後にいる悪魔と戦うために、自分の力の限り戦おうとした! こうなりたかったわけじゃない! たくさんの人を失望させてしまったのは分かっている。これが俺の中にいる悪魔だ! でも、それは俺だけじゃない! みんなそうなんだ! たくさんの人を傷つけた! 助けが必要だったのに、それを得られなかった! 本当にごめん!」
スミスはこのメッセージの中で自分の子どもたちに謝罪し、幼少期のトラウマが精神的な苦痛につながったことを示唆した。
「俺の心は純粋だから、魂が天国で安らげることを祈っている」とスミスはつづっている。
デンバー・ブロンコスはウェイクフォレスト大学のスターだったスミスを2009年NFLドラフトの2巡目で指名。ブロンコスで15試合に出場し、パントやキックオフをリターンしていたスミスは、2010年シーズンが間もなく始まるタイミングでデトロイト・ライオンズにトレードされた。
スミスはライオンズとの2シーズンで先発11試合を含む33試合に出場し、インターセプト8回、そのうち2回をリターンタッチダウンにつなげた。
ライオンズは2012年シーズン開始前にスミスをリリースし、同じ年に契約を交わした後、バックアップとしてスミスが4試合に出場した後にまたカットしていた。
故郷のパホキー高校に通っていたスミスは、2003年にクオーターバック(QB)とディフェンシブバック(QB)の二刀流のスターとして、フットボールチームがフロリダ州のタイトルを勝ち取るのを支えた。ウェストフォレスト大学のフレッシュマン時はレッドシャツとして過ごし、そこからの4シーズンで主要選手として活躍している。
2008年にはAP通信選出のオールアメリカン・ファーストチームのディフェンシブバックに選ばれ、2007年にもオールアメリカンのサードチームに選出されていた。
NFLで4年間にわたって44試合に出場したスミスは、2013年シーズンにウェイクフォレスト大学の試合でサイドラインレポーターを務めた。この年には、ノースカロライナ州ウィンストン・セーラムにほど近い高校でアシスタントコーチの役割も担っている。
フロリダ州ムーアヘイブンの高校、およびパホキー高校のヘッドコーチも務めたスミス。パホキー高校では規律を担当する生徒部長の役割にも就いていたと、本人の『LinkedIn(リンクトイン)』アカウントにはある。職歴の最後にあるのは、南フロリダの家庭医のマーケティングディレクターだった。
記事提供:『The Associated Press(AP通信)』
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