特集

伝説のプレーヤー - ブレット・ファーブ

2017年01月29日(日) 03:55

ブレット・ファーブ

南ミシシッピ大学でクオーターバック(QB)として活躍したブレット・ファーブは1991年ドラフト全体33位(2巡目)でアトランタ・ファルコンズに入団するも、素行不良からコーチ陣に嫌われて出場の機会はなかった。ファーブの才能を大学時代から見いだしていたグリーンベイ・パッカーズのジェネラルマネジャー(GM)ロン・ウルフは、1992年のドラフト1巡目指名権と引き換えにファーブをパッカーズへと迎え入れる。1992年シーズンに当時の先発QBの負傷により途中出場して逆転勝利を挙げたファーブは、次週から2010年までの298試合に連続先発出場するという前人未到の偉業を成し遂げ、「鉄人」と呼ばれるように。1996年にはパッカーズを31年ぶりにスーパーボウル制覇に導き、1997年にも2年連続でスーパーボウルに出場した。

2003年、フットボールコーチでファーブのコーチでもあった父が急死。遠征先のオークランドで知らせを受けたファーブは、同地にとどまって試合に出場することを決めた。ファーブはチームメイトに対して「父を愛していること、フットボールを愛していること、そしてこのチームを愛していること」を伝え、自分とチームを鼓舞している。試合では4タッチダウンパスを含む22本のパスを出場した全てのレシーバー12人に投げ分け、生涯最高のパフォーマンスと勝利を亡き父に捧げた。晩年はニューヨーク・ジェッツ、ミネソタ・バイキングスとチームを渡り歩き、2010年に引退した。2016年の殿堂入りスピーチの際にバックアップQB時代を振り返って「先発QBがタックルされると、いつもケガすればいいって思っていたよ」と話すなど、人間臭い部分も魅力のひとつである。

プレースタイルとしては強肩、サックを恐れない強心臓、タックルを振り払う力強さが持ち味で、スクランブル時にショベルパスを投げてピンチを脱することもあった。連続先発出場の記録以外にも、186勝、6300回パス成功、10169回試投など多くのNFL歴代1位記録を持ち、パス獲得71838ヤードもペイトン・マニングに次ぐ2位である。一方でインターセプトも歴代1位の338回という歓迎せざる記録もあるところが、ファーブの魅力かもしれない。

【文 塩田拓也】

南ミシシッピ大学でクオーターバック(QB)として活躍したブレット・ファーブは1991年ドラフト全体33位(2巡目)でアトランタ・ファルコンズに入団するも、素行不良からコーチ陣に嫌われて出場の機会はなかった。ファーブの才能を大学時代から見いだしていたグリーンベイ・パッカーズのジェネラルマネジャー(GM)ロン・ウルフは、1992年のドラフト1巡目指名権と引き換えにファーブをパッカーズへと迎え入れる。1992年シーズンに当時の先発QBの負傷により途中出場して逆転勝利を挙げたファーブは、次週から2010年までの298試合に連続先発出場するという前人未到の偉業を成し遂げ、「鉄人」と呼ばれるように。1996年にはパッカーズを31年ぶりにスーパーボウル制覇に導き、1997年にも2年連続でスーパーボウルに出場した。

2003年、フットボールコーチでファーブのコーチでもあった父が急死。遠征先のオークランドで知らせを受けたファーブは、同地にとどまって試合に出場することを決めた。ファーブはチームメイトに対して「父を愛していること、フットボールを愛していること、そしてこのチームを愛していること」を伝え、自分とチームを鼓舞している。試合では4タッチダウンパスを含む22本のパスを出場した全てのレシーバー12人に投げ分け、生涯最高のパフォーマンスと勝利を亡き父に捧げた。晩年はニューヨーク・ジェッツ、ミネソタ・バイキングスとチームを渡り歩き、2010年に引退した。2016年の殿堂入りスピーチの際にバックアップQB時代を振り返って「先発QBがタックルされると、いつもケガすればいいって思っていたよ」と話すなど、人間臭い部分も魅力のひとつである。

プレースタイルとしては強肩、サックを恐れない強心臓、タックルを振り払う力強さが持ち味で、スクランブル時にショベルパスを投げてピンチを脱することもあった。連続先発出場の記録以外にも、186勝、6300回パス成功、10169回試投など多くのNFL歴代1位記録を持ち、パス獲得71838ヤードもペイトン・マニングに次ぐ2位である。一方でインターセプトも歴代1位の338回という歓迎せざる記録もあるところが、ファーブの魅力かもしれない。

【文 塩田拓也】