コラム

映り込みにも気が遣われた2020年ドラフト

2020年05月04日(月) 08:09


シンシナティ・ベンガルズからドラフト指名を受けたルイジアナ州立大学のジョー・バロウ【NFL via AP】

現地4月23日から25日にかけて行われた2020年NFLドラフトは、新型コロナウイルスの世界的流行によって選手、コーチ、ジェネラルマネジャー(GM)、オーナーらが自宅から参加した初の完全バーチャル形式での開催となった。

それにもかかわらず、NFL傘下のNFLネットワークや地上波ABC、スポーツ専門局ESPNなどで放送、配信された生中継の視聴者数は3日間を通じて5,500万人を超え、週末を通じた平均視聴者数は840万人に達した。これは昨年と比べて35%も増加している。1巡指名が行われた23日だけでも1,560万人が視聴しており、昨年比37%増だ。アメリカでもほぼ全てのスポーツが停止している中でいかにスポーツのライブイベントが望まれているかが分かる結果だ。

中継では時々タイムラグが生じ、選手のインタビューや解説者などの会話がうまくいかなくなる場面もあったが、開催前に懸念されていた遠隔開催によるシステム障害などは発生せず、無事に3日間を乗り切った。これには胸をなで下ろした関係者も多いことだろう。

そしてそれとは別の意味で大きな”問題”が起こらなかったことにホッとしているであろう人々もいる。NFLの公式スポンサーに関する問題だ。当然のことだが、公式スポンサー以外のブランドの製品やロゴが中継画面に映り込むことは御法度なのである。

通常の開催形式であれば、1巡で指名されることが期待される有力選手であれば会場に招待される。一生で一度の晴れの場であるため、招待された選手のほとんどがこれに応じるのが通例だ。そうすれば服装や持ち物などを事前チェックでき、不測の事態を防ぐことが可能だ。

もちろんそれでも目ざとい企業や代理人はこの人気中継で自社のブランドを露出させる、アンブッシュといわれる手法をとろうとする。2015年のドラフトではバッカニアーズから全体1位指名された現セインツのジェイミス・ウィンストンと、タイタンズから2位指名された現レイダースのマーカス・マリオタの2人は会場に行かず自宅で指名を受けたが、その際、NFLの公式スポンサーの「ボーズ」ではなく、そのライバルである『Beats by Dr. Dre』のヘッドフォンが映ったのである。同社が2人に広告費を支払ってのものだ。

また2017年にはラインバッカー(LB)チャールズ・ハリスの代理人企業が事前に公式スポンサーではないビーフジャーキーのメーカーと契約。1巡目全体22位でドルフィンズが指名した際、ハリスの背後で同社のマスコットが映ることとなった。

対して昨年、ESPNは選手の代理人に対し、画角の中にスポンサーやロゴが映る場合、選手への中継を行わないと通達したという。

そうした中で今回は完全な遠隔方式での開催である。NFLがこの問題に相当気を使ったのは当然だろう。報道によれば選手と代理人に対し、して良いこととしてはならないことを記した文書を送付したという。そこには「NFLドラフト中継のあなたの放送の画角内にNFLが承認していないブランドやロゴが入ったいかなる製品もあってはならない」と書かれていたとのことだ。

指名を受けた時点では選手は正式にはチームと契約を結んでいないので、NFLの労使協定の範囲ではないのだが文書では「選手はNFLの資産の一部」と見なすとも記されていた。

また選手の服装についても規定があり、ナイキやアンダーアーマーといった公式パートナー以外のブランドのロゴが入った衣服の着用禁止。さらにアルコール、ギャンブル、政治的メッセージが入ったものも禁止とされたのである。

そのうえで選手たちには公式スポンサーであるペプシコ傘下の製品、清涼飲料のペプシやゲータレード、マウンテンデュー、スナック菓子のドリトスやチートスなどが詰まった「ウエルカムキット」が贈られた。これらは映ることが歓迎されるというわけだ。

さらに、指名時に使用された機材にも気が遣われている。選手だけでなく、コーチも私物の携帯電話を使用することは禁じられ、代わりに公式携帯電話スポンサーのベライゾンのスマートフォン、ライトスタンド、マイクを装備したビデオカメラが中継用に送付されたのだ。

ここまでやって結果はどうだったか。ベンガルズから全体1位指名されたジョー・バロウが「740」と描かれた見慣れないTシャツを着ていたのには正直驚かされた。ただTシャツはナイキ製で、バロウは740が出身地オハイオ州アセンズ郡ザ・プレインズのエリアコード(市外局番)であり、描かれている図形はザ・プレインズを示す地図で出身地に感謝を示すものと説明している。レッドスキンズから全体2位指名を受けたチェイス・ヤングの家族もヤングの名前の入ったオリジナルと見られるTシャツを着用していた。問題にならない範囲で工夫した選手や家族も多いようだ。

一方でカウボーイズから17位指名されたシーディー・ラムの自宅ではテーブルに宅配ピザ公式スポンサー、ピザハットのピザの箱が置かれていたものの、家族と思われる1人がアップル製と見られるイヤホンを使用していた。また中継を確認できないものの、写真では3日目にレッドスキンズから4巡142位指名されたアントニオ・ギャンディ・ゴールデンの横に座る家族が着用していたパーカに描かれたプーマのロゴが大きく映っている。

いずれにせよ指名を受けた選手だけでなく、今回は多くの人々がハラハラしたドラフトとなったようだ。

わたなべ・ふみとし

渡辺 史敏
兵庫県生まれ
ジャーナリスト兼NFLジャパン リエゾン オフィスPRディレクター。1995年から2014年3月までニューヨークを拠点にアメリカンフットボールやサッカーなどスポーツと、さらにインターネット、TV、コンピュータなどITという2つの分野で取材・執筆活動を行う。2014年4月に帰国、現職に。『アメリカンフットボール・マガジン』、『日刊スポーツ電子版連載コラム:アメリカンリポート』、『Number』などで執筆中。