殿堂入りしたカウボーイズの伝説的選手であるラリー・アレンが逝去、享年52
2024年06月04日(火) 14:23伝説的なオフェンシブラインマン(OL)がこの世を去った。
家族とメキシコで休暇を過ごしていたラリー・アレンが現地2日(日)に52歳という年齢で急逝したと、ダラス・カウボーイズが月曜日に発表した。
プロボウルに11回、オールプロに6回選出されたほか、プロフットボールの殿堂の1990年代および2000年代オールディケイドチームのメンバーになるなど、アレンのキャリアは輝かしい功績で満ちている。また、アレンは2013年に第1回投票でプロフットボールの殿堂入りを果たした。
カウボーイズは月曜日に発表した声明に「素晴らしい運動能力と驚異的な強さで知られるラリーは、これまでNFLでプレーした選手の中で最も尊敬され、実績のあるオフェンシブラインマンの1人だった」とつづっている。
「彼の多才さと頼もしさもまた、そのキャリアの特徴となっていた。そうした中で、彼は他の多くの選手にインスピレーションを与え続け、偉大なチームメイトであること、競争者であること、勝者であることの意味を定義していた」
「彼は自分の心の拠り所だと語っていた妻のジャネル、娘のジェイラとロリアナ、そして息子のラリー三世に深く愛され、大切にされていた。ジョーンズ家とカウボーイズはアレン家に深い哀悼の意を表し、思いと祈りを捧げると同時に、ラリーを愛した多くの友人たちやカウボーイズのチームメイトたちとともに深い悲しみを覚えている」
アレンはフットボール史上、オフェンシブラインでプレーした選手の中で最も奇抜なアスリートの1人だった。身長約191cm、体重約152kgという体格を踏まえると、論理的な考えを持つ多くの人が、彼の最大の長所は体格と力強さであり、それ以外は大した特徴がない、動きが鈍いブロッカーだと考えるだろう。
並外れた強さと驚異的な俊敏性を併せ持つアレンにとって、それは事実とかけ離れていた。単純に言えば、アレンは走ることができ、ショートプルやロングプルを正確かつ恐るべきパワーで実行し、同じく殿堂入りを果たした元ランニングバック(RB)エミット・スミスを含むカウボーイズのランナーのために道筋を確保することができた。その稀有な身体能力は通常、典型的なものになるオフェンシブラインのプレーをスリリングなものに変え、その美しさに酔いしれるために今でも多くの人がアレンのハイライト映像を見ている。
John Madden gushing about a Larry Allen pancake block. The soundtrack of ’90s #Cowboys football on @NFLonFOX, even if you were rooting for the pancakee. RIP Larry Allen. pic.twitter.com/ibmZxzEl9x
— Mike Garafolo (@MikeGarafolo) June 3, 2024
「ジョン・マッデンがラリー・アレンのパンケーキブロックを絶賛。たとえあなたがパンケーキを応援していたとしても、@NFLonFOXにおける90年代の#カウボーイズフットボールのサウンドトラックをどうぞ。ラリー・アレンよ、安らかに」
ガード(G)とオフェンシブタックル(OT)の両方でトップレベルの仕事を遂行したアレンは、フィールドのどこにいても鉄人であることを証明。14年にわたり、アレンはパスプロテクションでリーグ屈指のディフェンシブラインマン(DL)たちを封じ込め、不運にも彼の進路に居合わせた者の心を恐怖に陥れた。
アレンはインサイドからアウトサイドに移動し、レフトタックル(LT)として元クオーターバック(QB)トロイ・エイクマンのブラインドサイドプロテクターを務めた1998年シーズンを含め、1996年から2001年にかけて6年連続でオールプロのファーストチームに選出されている。
また、アレンはカウボーイズで10回以上、プロボウルに選出された3人の選手のうちの1人でもある。サンフランシスコ・49ersの一員としてキャリアを終えたアレンは、そこで出場可能な32試合中27試合に先発出場し、引退前にもう一度プロボウルに選出された。
プロフットボールの殿堂の会長であるジム・ポーターは声明で「ナショナル・フットボール・リーグには才能豊かなアスリートがたくさんいるが、ラリー・アレンのような体格、力強さ、スピード、敏しょう性を兼ね備えている選手は滅多にいない」と述べている。「オフェンシブラインマンとしての彼の能力は、しばしば理屈や理解を超えたものだった。6シーズンにわたって毎年、オールプロに選ばれ、そのうちの1シーズンはカウボーイズが彼にタックルとしてプレーすることを求めたときだった。彼は文字通り、対戦相手の意思を打ち砕くことができ、多くの選手が彼と対峙するのを避けるために試合の途中で退場したり、そもそもユニフォームに着替えなかったりしていたが、それはフィールド上だけの話だった。フィールド外の彼は静かで穏やかな巨人だった。私たちの思いと祈りは彼の妻ジャネル、娘のジェイラとロリアナ、息子のラリー三世と共にある」
フィールド上では相手に脅威を与える容赦のない存在だったアレンだが、フィールド外では彼のことをよく知る人々から愛されていた。かつてのチームメイトの訃報を受け、エイクマンは月曜日にソーシャルメディアでその悲しみを吐露している。
「私たちの最愛のチームメイト、ラリー・アレンが亡くなったという、胸が張り裂けるような知らせを受けた」とつづったエイクマンは「彼はプレーするポジションに関係なく対戦相手を圧倒したHOF(殿堂入りの)オフェンシブラインマンだった。フィールドの外では家族を愛する優しい巨人だった。安らかに眠ってくれ、LA」と続けている。
【RA】