1983年から1991年までラムズのHCを務めたジョン・ロビンソンが逝去、享年89
2024年11月12日(火) 15:22南カリフォルニア大学(USC)やロサンゼルス・ラムズで長年にわたって成功を収めたベテランフットボールコーチのジョン・ロビンソンが亡くなった。享年89。
ラムズは現地11日(月)、USCで2度にわたって成功を収め、カレッジフットボールの殿堂入りを果たしたロビンソンが亡くなったことを正式に発表した。USCはリリースの中で、ロビンソンがルイジアナ州バトンルージュで肺炎の合併症によって他界したと伝えている。
9シーズンにわたってラムズに在籍したロビンソンは、フランチャイズ史上最多の勝利数を誇るヘッドコーチ(HC)にもなった。現HCショーン・マクベイがキャリア通算勝利数でロビンソンを上回ったのは先月の話だ。
ロビンソンはカレッジとプロの両方のランクで大きな成功を収めたフットボールコーチの中でもとりわけ高く評価されている人物で、USCでは104勝35敗4分、NFLではラムズのコーチとして75勝68敗の成績を残した。特にボウルゲームでは圧倒的な強さを誇り、USCとネバダ大学ラスベガス校(UNLV)においてポストシーズンで8勝1敗という成績を収めている。
1976年から1982年、そして1993年から1997年まで南カリフォルニア大学トロージャンズのヘッドコーチを務めたロビンソンは、在任中に一度も負け越さなかった。ロビンソンの指導のもと、トロージャンズは5度のカンファレンス優勝と4度のローズボウル制覇を果たしている。また、ロビンソンの容赦ないラッシングオフェンスで活躍したランニングバック(RB)チャールズ・ホワイト(1979年)とマーカス・アレン(1981年)はハイズマントロフィーを獲得した。
ロビンソンは1983年にラムズに加入し、最初の7シーズン中6シーズンでプレーオフに進出。プレーオフでは4勝を挙げ、NFC(ナショナル・フットボール・カンファレンス)チャンピオンシップゲームに2度進出した。
ロビンソンはUSCでの2度目の在任期間を終えた後、UNLVのコーチとして6シーズンを過ごし、同校の体育局長も務めた。直近では2019年から2021年にかけて、LSU(ルイジアナ州立大学)でエド・オルジェロン元HCの下、シニアコンサルタントを務めていた。
1935年7月25日にシカゴで生まれ、ベイエリアで育ったロビンソンは、ジョン・マッデンと共にプレパラトリー・スクールに通い、1954年に高校を卒業。オレゴン大学では1958年のローズボウル制覇チームでタイトエンド(TE)としてプレーし、その後、同大学でコーチングキャリアを開始した。
ロビンソンは1972年にジョン・マッケイの下でUSCの攻撃コーディネーター(OC)に就任し、同シーズンに無敗のコンセンサス・ナショナル・チャンピオンシップ・チームを指導。さらに、1974年にはチームを10勝1敗1分に導いた。ロビンソンは1年間トロージャンズを離れ、マッデンがヘッドコーチを務めていたオークランド・レイダースに加入したが、マッケイがタンパベイ・バッカニアーズのヘッドコーチに就任した1976年にUSCに戻っている。
そこから7シーズンの在任期間で素晴らしい成績を収めたロビンソンは、最初の4年間で3度、Pac-8あるいはPac-10優勝とローズボウル制覇を達成。1978年のチームは『UPI通信社』のコーチ投票で全米チャンピオンに選ばれた一方で、『Associated Press(AP通信)』によるタイトルはベア・ブライアント率いるアラバマ大学が獲得した。
ロビンソンは1983年にカリフォルニア州アナハイムを本拠地とするラムズに加入した後も勝利を収め続けた。エリック・ディッカーソンを中心とした攻撃陣と共に、ロビンソンの率いたチームは6度のプレーオフ進出を果たしたが、2回のカンファレンスタイトルゲームではいずれもスーパーボウルを制したチームに敗れている。
USCでの2度目の在任期間では4度目のローズボウル制覇を果たしたが、1997年シーズン終了後に学校側から解雇された。
その後、ロビンソンは16連敗中だったチームを引き継ぎ、1999年から2004年までUNLVのヘッドコーチを務めた。2年目にして、同校史上3度目のボウル出場を果たしたが、2004年シーズン終了後に退任。UNLVでの通算成績は28勝42敗だった。その中でも、2003年に14位のウィスコンシン大学に対して23対5で勝利した試合は、特に印象深いものとなった。
その後、長年にわたってテレビやラジオの放送業務に携わったロビンソンは、5年前にフットボール界に復帰し、USCでヘッドコーチを務めていたオルジェロンのコンサルタントに就任した。
サンディエゴ郡北部のビーチ沿いの町、エンシニータスに住んでいたロビンソンは、妻のビバリーさん、4人の子ども、2人の継子、そして10人の孫を残してこの世を去った。
ロビンソンの生涯を讃える式典は本人の希望に従い、カレッジフットボールシーズン終了後に実施される予定だ。
記事提供:『The Associated Press(AP通信)』
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