コラム

SOB? いったいどの口が言うのか

2017年10月01日(日) 10:17

ダラス・カウボーイズ【AP Photo/Matt York】

耳を疑った。一国の大統領が公衆の面前で「son of a bitch」という言葉を口にしたのだ。

アメリカのトランプ大統領が9月22日、アラバマ州ハンツビルで行われた政治集会で、国歌斉唱の際に起立を拒むNFL選手をやり玉に挙げ、「オーナーは彼らをクビにすべきだ」と発言した。これは大きなニュースとなり、日本でも広く報道された。その際にトランプ大統領は言うに事欠き、NFL選手をこの忌むべき侮蔑用語で呼んだのである。

「son of a bitch」とは男性に対して使われる侮蔑用語で、英語を母国語とする国では文字・放送媒体にかかわらず一般的に禁忌として扱われる。小説や映画などでは容認されているが、文字媒体では「SOB」や「son of a b—」などと表記され、テレビでは放送禁止用語を隠す“ピー”音で消される。

もとになっている言葉は女性を侮蔑する“bitch”だ。辞書では“雌犬”や“あばずれ女”と記されるが、小説では“売女”などと訳されることもある。日本語では今ひとつニュアンスが伝わりにくいが、要するにbitchは女性に対する最悪レベルの侮蔑言葉であり、その男性版が“bitchの息子”を意味するSOBである。

これらは公に使ってはならない言葉なのだ。テレビに出演する人が生放送で言及しようならば次の日から職を失うほどの危うさだ。それが一部とはいえNFL選手を指す言葉として使われたことに怒りを禁じえない。

当然、NFL選手はこの発言には敏感に反応した。なぜなら、選手が「SOB」ならば彼らの母親がbitchであることになるからだ。NFLには母子家庭で育った選手が多い。だからというわけではないかもしれないが、トランプ発言に反発する声は多く聞かれた。ファルコンズのDLグレイディ・ジャレットが言ったとされる「I’m a son of a queen(自分の母親は最上級の女性だ)」の言葉が小気味いい。

トランプ大統領の主張は国家と国民の統一の象徴である国歌・国旗に対し、起立で臨むことで敬意を表するべきだということだ。しかし、それを大統領という立場を利用してNFLに強要したことが間違いなのだ。スポーツは政治の圧力に屈するべきではない。その意味でNFLがトランプ大統領の発言に賛同しない旨を明らかにし、ロジャー・グッデルコミッショナーを始め、チームオーナー、コーチ、選手が一丸となって個人の意思を尊重しつつ相互の団結を重視する意思を表したのは意義のある行為だ。

NFLで一部の選手が国歌斉唱の際に起立を拒む傾向は昨年のコリン・キャパニックの行為に端を発する。キャパニックはアフリカ系アメリカ人が白人警官に射殺される事件が立て続けに起こった背景に人種差別があると判断し、それに抗議するために国歌斉唱の際に片膝をついた。彼の主張は人種差差別がはびこるこの国歌は敬意に値しないというもので、それに賛同して同様の行為を行う選手が少なからずいた。

この行為には賛否両論があった。国歌に対する不敬との批判は当然あった。また、NFLとそこにおける自らの名声をプロパガンダのために利用していいのかという議論もある。だったら議論すればいいのである。しかし、人種差別を提議した彼らの真意こそ議論されてしかるべき問題なのではないだろう。

NFLは彼らの行為に対し、個人の意見の発露を尊重し、不問にするという態度を貫いた。それは、キャパニックがどのチームにも所属せず、また、不起立行動がバージニア州シャーロットビルで起きた人種差別を巡る暴動とそれに対する政府の態度に抗議するものへと拡大した今季でも変わらなかった。

そこに来てトランプ大統領の発言だ。国家元首として国家・国旗に対する敬意を求めるのは当然だろう。しかし、あえて不敬行為と非難されてまで行ったキャパニックと彼に賛同した一部の選手たちの真意に応えようとしないのは為政者のあるべき姿ではない。

NFL2017年シーズン第3週では多くの試合で選手たちがトランプ発言に反発する行為が見られた。あるチームは選手・コーチたちが一丸となって腕を組み、またあるチームは全員が片膝をついて国歌斉唱を聞いた。NFL全体で何らかの抗議行動を行ったのは200人を超えるという。テネシー州ナッシュビルで行われたタイタンズ対シーホークス戦では歌手が片膝をついたまま国歌斉唱をするという事態にまでなった。

これをトランプ大統領は国家に対する不敬行為と罵ったが、それは違う。これらはすべて彼の発言に対する抗議行動だ。当然それは大統領自身も分かっていただろう。しかし、大統領にNFL選手の行為を非難する材料があったのも事実だ。

第3週から“Salute to Service”が始まった。軍役に従事する人々に感謝の意を表す啓蒙活動だ。国歌や国旗に対する不敬行為はすなわち軍役に従事する人々への不敬であると責める口実を大統領に与えてしまった。もちろん、NFLの選手たちは口をそろえて否定している。分かりきったことだ。大統領に対する抗議行動を軍役に対する不敬行為とするのは問題のすり替えに過ぎない。

第3週のマンデーナイトゲームで国歌斉唱の前にカウボーイズの選手、コーチ、オーナーが全員腕を組んで片膝をついた場面があった。これには会場から大きなブーイングが投げかけられた。これを見たトランプ大統領は「こんなに大きなブーイングは聞いたことがない」とツイートし、いかにもアラバマでの自分の発言がNFLファンに支持されているかのようにアピールした。果たしてそうなのだろうか。

推測にすぎないのだが、会場となったフェニックス大学スタジアムのファンからのブーイングは他の意味があったのではないか。

カーディナルスの選手だったパット・ティルマンは2001年9月11日の同時多発テロに触発されてNFLから引退し、軍人へと転身した。3年後に味方の流れ弾に打たれて命を絶たれてしまうのだが、カーディナルスファンにとってティルマンは国家の危急に立ちあがったヒーローだ。スタジアムの外には銅像も建てられた。

国歌斉唱の前のカウボーイズの行為に対してカーディナルスファンは軍役、ひいてはティルマンへの不敬行為だと解釈してブーイングしたのではないだろうか。少なくともトランプ大統領に賛同してのものとは思えないのだ。トランプ大統領はNFL選手が不敬活動を続けるのであればスタジアムに出かけるのをやめようとも呼びかけている。しかし、スタジアムのファンは少なくともその呼びかけには応じていないのだから。

カウボーイズが腕を組んで片膝をつく行為を行ったのは、大きな国旗をフィールド上に広げるセレモニーが終わった直後で、国歌斉唱が始まる前までのわずかな時間だ。その行為をジェリー・ジョーンズ球団オーナーは「統一と平等を表す行動だ」と説明している。全員が腕を組むことで連隊(統一)を表し、等しく片膝をつくことで平等を訴えたのだ。これが国歌に対する不敬行動ではないことは、後に全員が起立・整列して『星条旗よ、永遠なれ』を聞いていたことからも明らかだ。

不起立行動を愛国心のなさと断じるのは簡単だ。だが、不敬と非難されることを承知で行う行為の意味をくみ取らなければ真の問題解決にはならない。不起立行動の深層には目をそむけて、問題提起の行為者をSOB呼ばわりする口汚い為政者。

いったいどの口がそれを言うのか。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。