コラム

スターとロンバルディとアイスボウル

2019年06月02日(日) 23:21


バート・スター【David Durochik via AP】

パッカーズを5度のNFL優勝に導いた伝説のクオーターバック(QB)バート・スターが85歳で亡くなった。スーパーボウルが始まる前後のNFL王座を極めた司令塔で、ジョニー・ユナイタスとともにNFLのパスオフェンス発展の黎明期を支えた存在でもある。ブレット・ファーブが登場するまではパッカーズの往年の名選手といえば真っ先に名前が出たものだ。

そのスターの死去に際し、彼のNFLキャリアを象徴するプレーとして紹介されるのが「アイスボウル」の名前で知られる1967年のNFLチャンピオンシップゲームでの決勝タッチダウンを決めたQBスニークだ。

この年、パッカーズは2年連続でNFL王座をカウボーイズと争った。1959年からパッカーズの指揮を執るビンス・ロンバルディHC(ヘッドコーチ)にとっては6度目の王座挑戦。対するカウボーイズは初代HCトム・ランドリーの7年目のシーズンだ。ロンバルディとランドリーの間で争われたNFL王座はこの2試合だけだ。

この頃はまだAFLと合併する前だが、AFLとの王座統一戦は前年にすでに始まっていた。当時「ワールドチャンピオンシップ」と呼ばれた統一戦のNFLの初代王者がパッカーズでAFLがチーフス。すなわち、第1回スーパーボウルである。

正確には「スーパーボウル」の呼称は第3回大会から使用されるようになったが、アイスボウルは第2回スーパーボウルのNFL代表を決める試合でもあった。

試合の舞台となったのはパッカーズの本拠地ランボーフィールドだ。12月31日に行われたこの試合は異常な寒波と強風が襲い、ゲーム時の気温はマイナス26℃、風による体感気温はマイナス44℃にも及んだ。現在に至るまでNFL史上最も気温の低い試合だ。

この頃すでにランボーフィールドではフィールドを温める暖房システムが完備していたが、ヒーターによって発生した蒸気が瞬間的に凍ってしまい、かえってグラウンドがコンクリートのように固くなってしまったという。

この天候では必然的にランゲームが中心となる。ところが、スターが2タッチダウンパスを決めたり、カウボーイズのランニングバック(RB)ダン・リーブスが50ヤードのハーフバックパスでタッチダウンを奪ったりするなど要所でパスが威力を発揮した。そして、カウボーイズが17対14とリードして終盤を迎える。

パッカーズは自陣32ヤードから最後の攻撃を始める。パスがなかなか決まらないなか、RBドニー・アンダーソンのランなどでゴール前3ヤードまで攻め込んだ。そこでスターはタイムアウトをコールしてサイドラインに戻り、次のプレーについてロンバルディと協議した。残り時間は16秒である。

「協議した」と書いたが、実際はスターからロンバルディにQBスニークを進言したようだ。ここにスターとロンバルディの関係性が表れていて面白い。

ロンバルディといえば絶対的な威厳を持ち、時には選手を叱責する厳しいHCだった。片やスターはロンバルディがパッカーズに来るまではほとんど無名のQBだった。ロンバルディがHCになりたての頃はスターを罵倒することもたびたびあったそうだ。しかし、QBとしてチームメイトの前で恥をかかされることを嫌ったスターがロンバルディに直訴してそれをやめさせた。ロンバルディは自分のスタイルを押し通すのではなく、一選手の意見を聞き入れて自らも態度を改める度量を持っていた。以降、2人の関係は良好になったばかりでなく、選手からコーチ陣に意見を言える風潮が生まれたという。

その一例がアイスボウルでも起きた。

ロンバルディはスターの進言を採用した。もっとも、このプレーコールを知っていたのはこの2人だけだったそうだ。このプレーでRBに入っていたチャック・マーシーンはのちに「スナップの直前まで自分を含むチームメイトのほとんどが、自分がハンドオフを受けるものだと思っていた」と述べている。

味方までも欺いたプレーは成功し、見ごとにスターが決勝タッチダウンを決めた。この時の映像を見ると両手を揚げながらスターの後ろを走る選手が見える。これがマーシーンだ。スターのタッチダウンを確信してそのシグナルをしているように思われるが実はそうではないらしい。予想外のQBスニークのためにスターの後方を走ることになったため、ボールキャリアー(スター)を押すアシストをしていないとのアピールだったのだ。ボールキャリアーを後ろから押す「ヘルピング・ザ・ランナー」の反則がとられればタッチダウンが取り消されるばかりではなく、罰退を受けてしまう。もしそうなっていれば勝者がカウボーイズになっていたかもしれないのだ。

いずれにせよアイスボウルを制したパッカーズは第2回ワールドチャンピオンシップ(スーパーボウル)に駒を進めてAFL優勝のレイダーズを破って2連覇を達成した。パッカーズの黄金時代を決定づける勝利であった。

そして、この連覇でいずれもMVPに選ばれたのがスターだった。スーパーボウル時代という新たな歴史の最初を飾るにこれほどふさわしいQBはいなかっただろう。伝説のQBは今、安らかな眠りにつく。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。