コラム

ビーストモードは健在か、リンチのシーホークス復帰

2019年12月27日(金) 08:52


シアトル・シーホークスのマーショーン・リンチ【AP Photo/Elaine Thompson】

今季どのチームとも契約していなかったマーショーン・リンチがランニングバック(RB)に故障者の続出したシーホークスに再入団することが決まった。2015年シーズンのプレーオフ以来の古巣復帰である。

リンチは2010年シーズン途中にビルズからトレードでシーホークスに入団し、2013年シーズンのスーパーボウル初制覇に貢献した。ビーストモードと呼ばれる重量級の突進力でディフェンダーのタックルを吹き飛ばして走る姿はビーストモードと呼ばれ、シーホークスのフィジカルなランオフェンスの代名詞ともなった。

故障のために7試合の出場に終わった2015年シーズンを最後に引退したが、2017年にはホームチームであるレイダーズで現役復帰。昨季故障でシーズン絶望となるまでプレーした。

シーホークスはシーズン第16週のカーディナルス戦でエースRBクリス・カーソンが腰のケガで今季絶望となり、バックアップのC.J.プロサイスまで腕の故障で失ってしまった。ランがオフェンスの重要な根幹をなすシーホークスにとっては大きな問題である。

しかも、最終週には49ersとNFC西地区の優勝をかけた大一番を控える。そこでリンチと再契約を決断したのだ。

シーホークスにとってはほかに選択肢がなかったのだろう。現在のNFLは複数のRBをローテーション起用するチームが多いため、フリーエージェント(FA)となっているバックの人材は薄い。それだけでなく、この時期にチームに合流し、わずか数日でオフェンスのシステムやオフェンシブライン(OL)のブロッキングスキームを習得して49ersとの天王山に臨めるだけの選手を発掘するのは砂浜でダイヤモンドを見つけるに等しい難易度がある。

シーホークスではリンチが在籍していたころから攻撃コーディネーターもOLコーチも変わっているが、オフェンスの基本コンセプトに大きな変化はない。十分に対応可能と判断したのだろう。

言うまでもなく不安材料はリンチのコンディションである。昨年負った体幹部の故障は癒えているだろうが、NFLの激しい当たりに耐えるだけのフィジカルさ、すなわち「フットボールシェイプ」が整っているかどうかわからない。

通常、選手はトレーニングキャンプでのコンタクトやプレシーズンゲームを通してフットボールシェイプを整える。そうすることで体が衝突による衝撃に慣れるだけでなく、ヒットを受けた際のボールセキュリティなどの感覚をつかんでいく。実戦から遠ざかっているリンチにはそれがない。

もともとリンチのプレースタイルはフィジカルそのものだ。ヒットからくるダメージはオープンへのランを得意とするRBよりも大きい。そして、フィジカルなダメージというのは蓄積されるものだ。1試合だけならまだしも、数試合を戦うプレーオフではフィジカル面での不調が致命的となる場合もある。

シーホークスは49ersに勝ち、さらにパッカーズやセインツの勝敗状況によっては第1もしくは第2シードを獲得できる。そうすればレギュラーシーズン終了からプレーオフ初戦まで2週間開くので、体力の回復には十分な時間がとれる。

しかし、負ければ第5シードが確定する――バイキングスの勝敗次第では勝率が並ぶ可能性があるが、今季の直接対決でバイキングスに勝利しているため上位となる。バイウイークがなくなるのはもちろんだが、第5シードが対戦する第4シードにはNFC東地区の優勝チームがなるはずだから、初戦はフィラデルフィアかダラスで戦うことになる。時差と移動距離がもう一つの敵となるのだ。

リンチが活躍できるか否かは今のシーホークスにとって非常に大きな問題だ。シーホークスは一昨年にプレーオフを逃してから、急速な世代交代で現在のチームを作ってきた。それなのに新生チームを支えてきた若手の故障で、かつてのエースに命運を託さなければならないというのはいかにも皮肉な状況だ。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。