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元49ersのWR、“ザ・キャッチ”のドワイト・クラークが61歳で死去

2018年06月05日(火) 12:49

ドワイト・クラーク【AP Photo/Eric Risberg】

元サンフランシスコ・49ersのワイドレシーバー(WR)ドワイト・クラークが現地4日(月)に61歳の若さで亡くなったとクラークの家族が認めた。

チームは声明を発表し、次のように述べている。

「サンフランシスコ・49ersファミリーは今日、ドワイト・クラークという非常に大切な存在を失って痛みを抱えている。われわれは49ersの歴史上、最も愛されたであろう彼の死を深く悲しむと共に、ドワイトの妻、ケリーや彼の家族、友人、ファンに対して深くお悔やみを申し上げたい」

クラークが1981年シーズンのNFC(ナショナル・フットボール・カンファレンス)チャンピオンシップ戦終盤で決勝タッチダウンとなるスーパーキャッチを決めたこの時から、NFCの勢力図が大きく変化してダラス・カウボーイズの覇権時代は幕を閉じ、1980年代は49ersの黄金時代となった。この試合でクラークが披露したキャッチは後に“The Catch(ザ・キャッチ)”と呼ばれ、多くの人の語り草になっている。

クラークの“キャッチ”で第16回スーパーボウルに進出した49eresは、サンフランシスコを本拠地とするチームとして初めてプロスポーツでのチャンピオンシップ制覇者となった。

プロ9年のキャリアを49eres一筋で過ごしたクラークはチーム記録としてレシーブヤード数3位(6,750ヤード)、レシーブ数4位(506回)にそれぞれランクインしている。身長約193cmと体格に恵まれたクラークはヘッドコーチ(HC)ビル・ウォルシュ指揮の下、殿堂入りしたクオーターバック(QB)ジョー・モンタナのターゲットとして1980年代の黄金期を支えた選手だった。

オールプロに1度、プロボウルには2度選出され、スーパーボウル制覇も経験したクラークは2017年3月からALS(筋萎縮性側索硬化症/きんいしゅくせいそくさくこうかしょう)、別名ルー・ゲーリッグ病という難病と闘っていた。

クラークの妻が彼の『Twitter(ツイッター)』を通して今回の訃報を伝えた。

「人生の友であり、夫であるドワイトが今日亡くなったと伝えなくてはならないのは本当につらいです。彼は彼が愛したたくさんの人たちに見守られながら安らかに眠りました。ALSと闘っていた間も支えて下さったドワイトの友人や、チームメイト、そして、49ersのファンの皆様には心から感謝しております。ケリー・クラーク」

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