コラム

RBレイシー獲得に見るシーホークスの計算

2017年03月19日(日) 07:34

グリーンベイ・パッカーズ時代のRBエディ・レイシー【Tom Hauck via AP】

フリーエージェント(FA)のエディ・レイシーがシーホークスと1年契約を結んだ。昨季はパッカーズのエースランニングバック(RB)として開幕を迎えたが、契約最終年となるシーズンをケガで棒に振ったために新チームへの移籍を余儀なくされた。

レイシーは180cm、110㎏のサイズを生かしたパワフルなランが持ち味で、その意味でシーホークスでは2015年シーズン限りで引退したマーション・リンチの後継としてふさわしい人材だ。

その一方で、パフォーマンスに安定感が欠けるのも否めない。2013年には1,178ヤードラッシュでオフェンスの新人王に輝いた。重心を低くしてスクリメージ乱を突破し、タックルを受けても簡単には倒れないランニングスタイルは、冬に極寒となってラン攻撃が効果的となるグリーンベイには有力な武器となった。

しかし、彼にいつも付きまとうのはケガと体重コントロールの問題だ。パウンディング(ガチガチと当たるスタイル)RBなだけに故障は絶えない。そして、太りやすい体質のために油断するとすぐに重量オーバーになってしまう。それが顕著に表れたのが2015年だ。

NFL入り2年目の2014年は前年に続いて1,000ヤードラッシュ(1,139ヤード)を達成し、パスキャッチでも活躍できるようになった。ところが、2015年は明らかに太りすぎた体格でシーズンに突入し、15試合の出場にもかかわらず758ヤードラッシュに終わった。

シェイプアップして再起を図った昨年だったが、5試合目で足首を捻挫して長期の欠場となる。シーズン終盤の復帰が期待されたが間に合わず、結局は故障者リスト入りしてシーズンを終えた。

レイシーに関する懸念はもちろんシーホークスも承知の上だ。それが1年契約に表れている。レイシーが期待を下回る働きしかできなければ解雇すればいい。契約期間を残して選手を解雇すれば契約で保証される年俸の残額分を支払う必要があるが、単年契約ならば大した額にはならない。

逆に安定した活躍をすれば、そこで初めて複数年契約を提示すればいい。その場合は体重コントロールに関する条件や故障による欠場の補償を契約に盛り込めばチームの懐はそれほど痛まない。1年契約とは言ってみればチーム側に有利な試用期間だ。

ちなみに、今季のシーホークスは前ジャガーズのOTルーク・ジョーケルも1年契約で獲得している。ジョーケルは2013年のドラフト全体2位指名だが故障が多く、期待外れのレッテルを張られた。ここでもシーホークスは“商品価値”の下がった選手を格安な条件で獲得しているのだ。

GMジョン・シュナイダーとピート・キャロルHCが人事権を握るシーホークスがこうした選手獲得をするのは珍しくない。その最大の成功例が前述のリンチだ。

リンチは2007年にドラフト1巡目指名(全体12位)でビルズに入団したが、エース級の扱いではなくフレッド・ジャクソンと併用された。さらに2010年にはC.J.スピラーが入団したことで出場機会はさらに減り、トレードによる放出が噂される状況だった。シュナイダーとキャロルはそんなリンチに目を付けた。

トレード期限が迫る中、シーホークスはビルズに対してリンチのトレードを打診した。ビルズにとっては、スピラーとジャクソンを中心にバック陣を組み立てていこうとする戦力構想から外れたリンチを引き取ってくれるのは願ってもない話だ。2011年のドラフト4巡目と翌年の5巡目指名権でリンチをシアトルへ送り出すことになった。当時のビルズは持て余していたRBを一人放出することでドラフト指名権を2つも獲得した“お得感”に満足していたかもしれない。

しかし、結果的に実利を得たのはシーホークスだった。リンチがシーホークスでエースの座を獲得し、2013年シーズンのスーパーボウル優勝の原動力の一つになったのは周知の事実だ。彼を手放したビルズはといえば、いまだに今世紀でプレーオフを経験していない唯一のチームのままだ。

シーホークスはドラフトでの下位指名の選手を主力級に育てることでも知られる。CBリチャード・シャーマン(2011年5巡目指名)、SSキャム・チャンセラー(2010年5巡目指名)などはその好例だ。

他チームで戦力外となった選手やドラフト下位指名の人材は失敗に終わった時のリスクは小さいが、それが大成した時の見返りは限りなく大きい。シーホークスはこの“ローリスク、ハイリターン”の術を心得ている数少ないチームなのだ。

もちろん、シーホークスの選手育成・起用が高いレベルにあることを否定するものではない。それでも、一度は期待外れの烙印を押された選手に復活のチャンスを与え、多くの場合それをチームの利益に結び付ける首脳陣の手腕はやはり評価に値する。

体重の問題も含めて健康状態が万全であればレイシーほどシーホークス向きなRBはいない。願わくは、レイシーが期待通りの活躍を見せ、2017年シーズンのプレーオフで古巣パッカーズとの対戦が見てみたい。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。