コラム

マーショーン・リンチの現役復帰実現に立ちはだかる障壁

2017年03月26日(日) 13:14

マーショーン・リンチ【Tom Hauck via AP】

最近になって急にマーショーン・リンチに現役復帰のうわさがささやかれるようになった。リンチは昨年2月に第50回スーパーボウルが行われている最中にフットボールシューズを壁に掛けた写真をインスタグラムに投稿して引退宣言をした。それが今になって現役復帰に意欲を見せていると伝えられる。

各種の報道によればリンチはレイダースでのみ現役復帰を考えているとのことで、彼の代理人であるダグ・ヘンドリックソン氏も「マーショーンがフットボールを恋しがっているのは間違いない」と述べている。

もっとも、リンチ本人は沈黙を保ったままで、現状はあくまでもうわさの域を出ない。

復帰がレイダース限定なのはリンチがカリフォルニア州オークランド出身だからだというのが根拠になっている。しかし、レイダースはラスベガスへの移転を計画しており、これがNFLによって認められた場合にはどうなるのかなど疑問点もある。

リンチの“ビーストモード”が再び見られるのならばうれしいのだが、障壁の方が多いというのが現実だ。

最大の壁はリンチの権利を依然としてシーホークスが保持していることだ。リンチが引退を宣言したとき、シーホークスとの契約は2年を残していた。突然の引退発表を受けてシーホークスはリンチを“リザーブ/引退リスト”に登録した。どういうことかというと、リンチの引退を受け入れる一方で契約期間中は彼の身分はシーホークスの支配下にあるということを明文化したのだ。

故障した選手を故障者リストに登録してほかのチームが契約を打診できないようにプロテクトするのと同じである。つまり、リンチは今季いっぱいまでNFLにおける身分はシーホークスに帰属するのであり、彼が現役復帰を目指すのであればまずはシーホークスでなければいけないのだ。

だから、リンチが本当に現役復帰をしてレイダースでプレーすることを望むのであれば、シーホークスがリンチに対する権利を放棄するか、その権利をレイダースにトレードする必要がある。

リンチが“リザーブ/引退リスト”に登録されたためにシーホークスは昨年の年俸を払う義務はなかった。しかし、契約延長時に約束した契約ボーナスは支払い済みであるとともに引退後もサラリーキャップに反映される。その額は500万ドル(約5億5,600万円)と決して小さくはない。これだけの損失があるのに、何の見返りもなくシーホークスがリンチの権利を手放すことはありえない。

だからと言ってレイダースにもトレードで応じる意志はないようだ。リンチは現役最終年となった2015年シーズンは故障のために7試合の出場にとどまった。さらに昨年1年間のブランクがあり、そうした選手に貴重なドラフト指名権を使うのは得策ではない。

シーホークスがリンチに対して契約ボーナスを返金すれば権利を放棄すると申し出る可能性はある。シーホークスにとってはすでに前パッカーズのエディ・レイシーをフリーエージェント(FA)で獲得している。今さらリンチに未練はないと判断すれば、デッドマネーとして払った500万ドルを取り返せればいい。

果たして、これは許されるべきなのだろうか。NFLはビジネスライクなリーグであるから、あくまでも契約次第と割り切るのであれば“あり”なのだろうが、どこか釈然としないのは否定できない。これがまかり通れば引退をFA資格取得の一手段として利用するやり方が認められかねないからだ。

シーホークスが契約ボーナス返還を条件にリンチの権利を放棄すれば、彼がNFLに対して現役復帰を宣言した時点でFAとなる。リンチはレイダースに限らず、(シーホークスが望むなら)全32チームと交渉が可能なのだ。だが、これが前例として残ってしまえば引退することでチームとの契約を反故にし、違約金としていくばくかの金銭を返還してFA資格を取得するやり方が正当化されてしまうのだ。

“引退→1年の休養→復帰→違約金支払いによるFA権取得→契約交渉”という流れが移籍先のチームと事前に打ち合わせされていればこれはタンパリングとなり、重大なルール違反になる。タンパリングはNFLでは厳しく処罰されるからこれをあえて行うことはないと思われるが、FAとなるために引退を利用することはタンパリング同様に不当であるはずだ。

「契約などあってなきもの」というのがNFLの常識だ。ビジネスの観点からそれは正しいかもしれないが、倫理が無視されてはリーグの秩序が乱される。公明に欠けるやり方はファンを傷つけ、チームの功績にも瑕をつけてしまう。フットボール最高峰のリーグだからこそ高潔さも大切にしなければいけない。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。