コラム

“ラスベガス・レイダース”誕生へ、高潔さより実利を選択したNFL

2017年04月02日(日) 08:01


ラスベガス【AP Photo/John Locher】

レイダースのラスベガス移転がオーナー会議で可決され、正式に“ラスベガス・レイダース”が誕生することとなった。移転承認には全32チームの3分の2にあたる24票が必要だったが、反対したのはドルフィンズオーナーのスティーブン・ロスだけで31対1という圧倒的多数で決した。

NFLは従来ギャンブルによる資本参入を拒む傾向にあった。スティーラーズのオーナーであるルーニー家がその資本の基盤となった競馬産業の利権を親戚に譲って、チーム経営と切り離したのもその方針に則ったものだ。それだけに今回の移転承認は驚きだった。

オーナーたちがラスベガスでのNFLチーム誕生を容認する方向に傾いたのにはいくつかの要因が働いている。最大のものはオークランドのスタジアム事情だ。

チームが移転を画策する場合、ほぼすべてでスタジアム問題が原因だと言っていい。新しく、近代的な施設を備えたスタジアムは集客能力が高く、収益増大に直結するからだ。しかし、新スタジアム建設には20億ドル弱(約2,222億円)が必要とされ、その財源確保が難しい。

建設費をチーム単独で負担できればいいのだが、そんな例はごく稀だ。ほとんどは地域が出資して建設し、チームとリース契約を結ぶ。その資金は税収で賄うため、スタジアム建設に向けて増税をする地方行政が多い。

ところが、これに反発する市民も少なくなく、現に昨年はサンディエゴでの増税が住民投票によって否決された。これがチャージャーズのロサンゼルス移転に結びついたことは記憶に新しい。

レイダースが本拠地としているコロシアムは1966年の完成で、MLBアスレチックスと共同使用だ。現在NFLとMLBが共用しているのはここだけで、スケジューリングやフィールド管理で双方に制約がある事実は否めない。

オークランドはレイダースの移転を阻止するべく、新スタジアム建設計画をチームとNFLに提示したが、完成時期や財源確保があいまいな点が指摘された。一方、ラスベガスは当初19億ドル(約2,116億円)、のちに17億ドル(約1,893億円)にコストを下げたスタジアム建設を約束し、フランチャイズの安定を望むオーナーとロジャー・グッデルNFLコミッショナーを安堵させた。

ラスベガスといえばギャンブルのイメージが強いが、その経済基盤を支えているのは観光業であり、実際にギャンブルからの収益は減少傾向にあると言われる。むしろ、IT企業の招致など不動産業が幅を利かせており、その経済は過去20年で安定している。こうした経済のバックグラウンドの変化もNFLのオーナーには歓迎された。

当初、移転計画ではラスベガスのカジノのオーナーであるシェルドン・アデルソン氏の資本が参入することになっていた。NFLではこれが問題視された。ギャンブルで得た資本がNFLのチーム経営に流れることになるからだ。

その事情を察してか、アデルソン氏は資本投入を断念。NFLオーナーはホッとしたが、青くなったのはレイダースのマーク・デイビスオーナーだ。アデルソン氏から提供される6億5,000万ドル(約724億円)を当て込んでいたのだ。昨年のロサンゼルスと同じくラスベガス移転もとん挫するかと思われたが、アメリカの主力銀行『Bank of America(バンク・オブ・アメリカ)』が同額をデイビスに貸し付けることとなり、資本での懸念は払しょくされた。

これらの事情が絡み合って今回の移転承認となったわけだが、レイダースも手放しでは喜べない状況だ。第一に新スタジアムは2020年まで完成しない。それどころか、スタジアムを設立する場所もまだ確定していないのだ。

コロシアムとのリース契約は2年残っており、2018年シーズンまではオークランドを本拠地として戦うことになるという矛盾もある。今回の移転を快く思わないファンは多い。レイダースは地元でまさかのブーイングを浴びてプレーする可能性が大なのだ。

さらに、リース契約が切れる2019年にレイダースのホームがどこになるかは未定だ。チームの移転という大事にもかかわらず、計画にはずさんな面が目立つ。オーナーたちの決断は性急に過ぎなかったか。レイダースとラスベガスの移転計画は信用に足るものなのか。検証するべき材料は多々ある。これが将来に禍根を残す結果とならなければいいのだが。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。