コラム

トニー・ロモ引退におけるジェリー・ジョーンズの功罪

2017年04月06日(木) 01:50

ダラス・カウボーイズのオーナーであるジェリー・ジョーンズと談笑するトニー・ロモ【2015年6月17日、AP Photo/LM Otero】

トニー・ロモがカウボーイズからリリースされるとともに『CBS』のアナリストとなるべくNFLから引退することが決まった。

確かに、現役を退いてテレビ業界に進出する可能性はうわさされていたものの、ロモはチームを替えても現役続行を望んでいたとされ、現にロモ獲得に関心を示すチームもあったと伝えられていただけに、突然の引退とアナリスト転身は驚きのニュースだった。CBSでは長年サンデーナイトゲームの解説を担当したフィル・シムズの後任となる。

引退発表の際にロモは「明日にでもプレーできる自信はある」としながらも、「現役復帰はもうない。CBSでの仕事に専念する」と断言した。また、「僕はダラス・カウボーイズの一員だ」と述べて、パス獲得距離(3万4,183ヤード)とタッチダウン数(248)で歴代トップに君臨するチームでキャリアを終えることに誇りものぞかせた。

これが現在のロモの本音なのだろう。しかし、これが本当に彼の望んでいた結果なのかは大いに疑問だ。なぜならロモは自身で移籍チームを自由に模索できる立場になかったからだ。

昨年の開幕前に故障で戦列を離れ、その間に新人QBダック・プレスコットが先発の座を確保した。ロモは復帰後もバックアップの座に甘んじ、プレスコットを支え続けた。この時点でカウボーイズにロモの将来はなく、2017年にはチームに在籍しないことは周知の事実と言えた。

こうしたケースは過去にいくつもあった。その多くは、シーズン終了時またはフリーエージェント(FA)解禁のタイミングで選手が解雇され、FAとなる。FAとなった選手は旧チームも含めて全32チームと自由に交渉ができる。移籍先や先発の座にこだわらなければ新天地を見つける確率は低くない。

ところが、ロモの場合は総額1億0,800万ドル(約119億5,200万円)の6年契約を半分残していた。今年のサラリーキャップに反映される額は2,470万ドル(約27億3,300万円)で、彼を解雇すれば1,900万ドル(約21億0,300万円)に減額されるものの、ロモが退団してもカウボーイズのキャップから控除されることはない(ただし、今後2年で分割することは可能)。

そこで、ジェリー・ジョーンズはロモのトレードを画策した。トレードであれば契約の残りは新チームが引き継いでくれる。新チームはその上でロモと契約を結び直せば支払う額も軽減できる。

ジョーンズがドラフト1巡目ないし2巡目という高い指名権を交換条件として要求したとの情報もある。これが事実だとすれば、その交換条件はあまりにも現実からかけ離れている。カウボーイズで実績を残したと言っても、ロモ自身はドラフト外でNFL入りした選手であり、過去数年は背中や鎖骨の故障で欠場も多い。こうした選手の獲得に貴重な高ラウンド指名権を使おうとするチームはない。

トレード交渉が不調なまま時間は過ぎ、それでもジョーンズはロモを自由の身にしようとはしなかった。多額のキャップ負担はもちろん、ロモが対戦するチームに移籍する事態を避けたい気持ちもあったかもしれない。

その間にベテランQBたちは次々と新しいチームを見つけていった。ロモよりも10カ月年長のジョシュ・マカウンですらジェッツに招かれたのだ。ロモがもっと早い時期にFAとなっていれば高額な契約が障害とはならず、今頃は新天地で新たな決意に燃えていたかもしれない。

ついにカウボーイズはロモにリリースの意志を伝えた。しかし、それですらすでに3週間も前の話だ。この間に水面下でカウボーイズ、ロモ、CBSの間で交渉が進められていたことは想像に難くない。CBS会長のショーン・マクマナスは2年前のスーパーボウルでロモに解説を依頼したそうだ。その時の分かりやすい説明に感心したという。CBSが以前からロモ雇用を視野に入れていた可能性がうかがえる。

ロモは引退に際し、過去に支払われた契約ボーナスのうち契約の不履行年数分を返還する方針だ。つまり、ジョーンズはロモが引退することでキャップの損害は被るものの、約1,500万ドル(約16億6,000万円)分の契約ボーナスを取り戻すことが可能なのだ。

ジョーンズは折に触れてロモへの愛情や信頼を口にし、現に契約更新のたびに手厚い待遇を与えてきた。しかし、彼もまた百戦錬磨のビジネスマンだ。ただでは転ばない術を心得ている。ロモ退団による損失を少なく抑えた手腕はさすがだ。

ロモはジョーンズからチャンスをもらい厚遇を受けた。その一方でジョーンズのために現役生活の終焉を早められたという見方もできる。それが幸せだったのかどうか、その答えはロモ自身でさえ見つけられないに違いない。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。