コラム

イーグルス成功を支えた敏腕フロントの存在

2018年02月10日(土) 07:23


フィラデルフィア・イーグルス【AP Photo/Eric Gay】

第52回スーパーボウルは両チーム合わせて9タッチダウン、5フィールドゴールが飛び交い、ビッグプレーが連発する戦いをイーグルスが制した。イーグルスは3度目のスーパーボウル出場で初勝利だ。連覇を狙ったペイトリッツはスーパーボウル通算5敗目(5勝)を喫した。

控えクオーターバック(QB)だったニック・フォールズがリーディングパサーでリーグMVPのトム・ブレイディを破るという展開にUSバンク・スタジアムに集まった6万7,000人強の観客は沸いた。幾度と流れる“Fly Eagles Fly”とイーグルスに注がれる熱い声援はスーパーボウルが中立の場所で行われるという事実を忘れさせるほどだった。

今季のイーグルスは主力選手の故障を克服してきた。QBカーソン・ウェンツはもちろん、レフトタックル(LT)ジェイソン・ピーターズ、ランニングバック(RB)ダレン・スプロールズ、ラインバッカー(LB)ジョーダン・ヒックス、セーフティ(S)クリス・マラゴス、キッカー(K)カリブ・スターギスらがシーズン途中で戦列を離れた。ウェンツ、ヒックス、マラゴスはそれぞれオフェンス、ディフェンス、スペシャルチームのキャプテンだったからその打撃がいかに大きかったかは想像にかたくない。

これらの損失を埋めて余りある実績を残したイーグルスの陰の功労者とも言うべき存在がいる。ハウィ・ローズマンだ。役職はフットボール運営取締役副社長。ヘッドコーチ(HC)やジェネラルマネジャー(GM)を越えて人事権で最高権力を掌握する人物だ。

トレードやフリーエージェント(FA)を積極的に行使してチームを作るのが特徴だ。パッカーズやスティーラーズなどドラフト中心のチーム建設が成功する例が多い中、ローズマンのやり方はユニークだと言える。しかし、彼が獲得したディフェンシブタックル(DT)ティム・ジャーニガン、Sロドニー・マクラウド、ライトガード(RG)ブランドン・ブルックス、RBルギャレット・ブラント、ジェイ・アジャイ、レフトガード(LG)スティーブ・ウイズニュースキー、ワイドレシーバー(WR)アルション・ジェフェリー、ディフェンシブエンド(DE)クリス・ロングらはすべて主力としての働きをしている。まさに慧眼の持ち主なのだ。

人材発掘もさることながら、FAで獲得する選手の年俸を抑えることによってチーム経営がひっ迫しないように抑えているところにも彼の手腕が発揮されている。高年俸で迎えた選手は即戦力になる可能性が高い代わりに、2年ないし3年後には貢献が年俸の額に見合わない“不良債権”となる確率もまた高いのだ。ローズマンのやり方はそれを巧みに回避している。

ローズマンがイーグルスに関わるようになったのは2000年のこと。最初は無給のインターンだったが、10年後には34歳でGMの重職に就く。順風満帆に見えたが40歳を目の前にして挫折を味わう。きっかけはチップ・ケリー前HCの就任だった。

ケリーはジェフリー・ルーリーオーナーを巧みに説得して人事における全権を掌握する。ローズマンは役職こそ現職に昇格したものの、事実上は人事に関する決定権を奪われ、パワーゲームに敗れたのだった。

ケリーはFAでRBデマルコ・マレーやコーナーバック(CB)バイロン・マックスウェルをFAで獲得する一方で、自身の就任1年目に活躍したフォールズをトレードでラムズに放出してしまう。ところが、こうした大掛かりな補強とは裏腹にイーグルスは低迷してケリーは解任。人事権は再びローズマンに戻るのだった。

チーム再建の責任を負うローズマンはHCにダグ・ピーダーソンを起用すると同時にマレーとマックスを他チームに譲渡し、ドラフト指名権を蓄積した。そして、昨年のドラフトでそれらの指名権と1巡指名権をパッケージにしてブラウンズにトレードし、代わりに全体2番目の指名権を獲得してウェンツを指名したのだ。

さらに昨シーズンの開幕が近づいたころ、バイキングスがテディ・ブリッジウォーターを靭帯の断裂で失って人材を必要としているとみるや、ケリー政権下で先発QBだったサム・ブラッドフォードを1巡指名権と交換でトレードしたのだ。ウェンツ獲得のために失った1巡指名権を4カ月後に取り戻した形だ。ちなみにこの時に得た指名権で獲得したのがDEデレック・バーネットである。そして今年はウェンツのバックアップとしてフォールズを2年契約で呼び戻した。

ここに紹介した人事だけでもいかにローズマンの方策が功を奏し、成功を収めたかが分かる。フォールズのチーム復帰はピーダーソンとの縁(前のイーグルス時代に1年だけ在籍が重なる)が決め手だったが、それでも、もし彼がチームにいなかったらウェンツの故障後にここまでイーグルスが勝ち進んだかは分からない。数々の打つ手がここまで成功する例はさすがに珍しい。

テレビ中継ではこのローズマンが試合の終盤のほんの少しだけ映し出された。筆者は試合前にフィールド上でチームの練習風景を見る彼の姿を間近で見ることができた。小柄で細身の穏やかな表情の紳士だ。だが、その頭脳には人事をつかさどる立場の人間が持つ独特の嗅覚と策略、計算が渦巻いているに違いない。NFLはまたひとり傑物を輩出した。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。