コラム

イーグルスとバイキングスの成功にみるバックアップQBの存在感

2018年02月17日(土) 08:45


フィラデルフィア・イーグルスのニック・フォールズ【AP Photo/Matt Slocum】

スーパーボウルから1週間を経過して、NFLは静かにオフの時を迎えている。ただひとつヘッドコーチ(HC)が空位だったコルツがイーグルスのフランク・ライク攻撃コーディネーターを招へいしたことで主だった人事も終わり、各チームは新たなシーズンに向けて補強の時を迎える。

補強はやみくもに行うわけではない。チームに足りないものが明確な場合はそれを補うのが最優先の方針となることはもちろんだが、リーグの成功例に学ぶこともNFLにおける重要な補強策だ。すなわち、今季でいえばイーグルスがお手本になる。

イーグルスをスーパーボウル優勝に導いた要素としては、話題となったランパスオプションの活用やディフェンスのフロント4のみによるパスラッシュなどが挙げられる。先週のコラムで紹介したように、ハウィ・ローズマンが断行したフリーエージェント(FA)とトレードによる戦力補強も他チームの参考になるかもしれない。

しかし、最も特筆すべきはやはりニック・フォールズというバックアップクオーターバック(QB)の存在だろう。これはイーグルスにNFC決勝で敗退したバイキングスにも同じことが言えるのだが、先発経験の豊富なQBが控えにいたことがチームの成功に直結した。これは他のチームにとって無視できない新しい潮流になるかもしれない。

イーグルスにしてもバイキングスにしても、先発QBが今季絶望となった時、フォールズやケース・キーナムでここまでの成績を残せるとは思っていなかっただろう。ところが、フォールズはカーソン・ウェンツが作ったイーグルスの勢いをプレーオフで復活させ、自らはスーパーボウルMVPに輝いた。キーナムはシーズン第2週という早い時期に戦列を離れたサム・ブラッドフォードの穴を埋めて余りある活躍披露している。

この2人が成功した陰には過去の先発経験が豊富だったことがある。フォールズは2013年にイーグルスをプレーオフに導いた経験があり、キーナムもテキサンズやラムズで先発経験がある。しかも、フォールズもキーナムも複数のチームでのスターターを経験しているから、いろんなタイプのオフェンスシステムやチームメートに対応する術を身に付けてきた。

今季のイーグルスのようにレギュラーシーズン終盤に先発QBが交代してスーパーボウル制覇まで達成した例は過去に2つある(つまりイーグルスのフォールズが3例目)。1987年のレッドスキンズ(ジェイ・シュローダーからダグ・ウィリアムズに交代)と1990年のジャイアンツ(フィル・シムズからジェフ・ホステトラーに交代)だ。ホステトラーはジャイアンツでシムズのバックアップの期間が長かったが、ウィリアムズはバッカニアーズで数年間の先発を経験していた。

ここが難しいところだ。先発経験の豊富なQBが控えにいるのは理想である。しかし、そういったQBは年俸が安くない。ただでさえ先発QBに多額の投資をしているチームに、控えQBにまで大金をはたく余裕はない。

イーグルスとバイキングスにとって幸いだったのはフォールズもキーナムも一度は他のチームからお払い箱にされた選手だったことだ。フォールズはラムズを解雇された後、チーフスで1年バックアップを務め、昨年オフにリリースされていた。キーナムもジャレッド・ゴフに先発のポジションを明け渡した後、FAとなっていた。こうした選手を獲得するに必ずしも高額な年俸は必要ない。そこを巧みに利用したイーグルスとバイキングスのフロント陣がしたたかだったとも言える。

今オフには似たような境遇の先発経験QBの人気が高騰するかもしれない。3月以降にFAとなる予定のQBの中ではチャド・ヘニー(ジャガーズ)、ドリュー・スタントン(カーディナルス)、デレック・アンダーソン(パンサーズ)、マット・ムーア(ドルフィンズ)あたりが狙い目か。これらの選手は先発経験が豊富なだけでなく、バックアップとして在籍したこともある。つまり、必ずしもスターターにはこだわらない柔軟な姿勢を持っているのだ。こうした選手はチームにとって契約を提示しやすい。年俸は低く抑えておき、先発した場合のボーナスについてはインセンティブ(出来高払い)にしておけばいいのだから。

ただし、人材の見極めは重要だ。フォールズはチップ・ケリーのアップテンポオフェンスで成功した過去があり、キーナムは昨季まで勝ち星こそ多く稼げなかったがNFLでもトップクラスの強肩の持ち主だ。こうした特別な能力がなければ先発の座が回ってきてもチームの実力を維持することは難しい。

いずれにせよフォールズやキーナムの活躍がバックアップQBの地位をあげたことは間違いない。今年はドラフトでもQBが豊作だと言われる。ドリュー・ブリーズやカーク・カズンズといったビッグネームもチームとの契約満了を迎え、3月までに契約更新を迎えなければFAとなる可能性がある。今年のオフはQBを軸とした戦力補強が大きな話題となりそうだ。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。