コラム

大きな問題としてくすぶり続ける脳しんとう問題

2018年02月25日(日) 16:59

サンディエゴ・チャージャーズ時代のジュニア・セアウ(Photo by Matt A. Brown/Icon Sportswire/Icon Sportswire via AP Images)

近年、NFLで大きな論争となっている脳しんとう問題は2009年を皮切りに元選手たちやその家族がNFLを相手取って100を越す訴訟が起こされた後、集団訴訟としてまとめられ、2013年にALS(筋萎縮性側索硬化症)やパーキンソン病を発症した元選手らに賠償金を支払うことや健康診断プログラムなどを実施することで和解に至った。賠償額は当初総額6億7,500万ドルとなっていたが、これでは不十分だとされて2014年に賠償額の上限をなくすことが決定し、一応の決着がついたように見えている。しかし、NFLにおいてこの問題は依然、人々の心にくすぶり続けており、むしろ事態は拡大しつつあるかもしれない。

そのことをまず印象づけたのは1月30日に『New York Times(ニューヨーク・タイムズ)』が公開した1本の動画だ。“NFLにおける脳しんとう調査”とのタイトルがつけられた動画は「1990年2月9日:セアウ、ドラフトにかかる」に始まり、「1994年2月10日:チャージャーズのセアウが1,630万ドルを獲得」などとチャージャーズなどでラインバッカー(LB)として活躍した故ジュニア・セアウのキャリアがテキストで表示されていく。

しかし、「2012年5月2日:ジュニア・セアウ、有名なNFLのラインバッカー、43歳で死去;自殺の疑い」と表記された後、「2013年1月10日:セアウ脳疾患に罹患」、「2013年3月27日:NFLの医師が疾患は過大評価と発言」、「2016年3月14日:N.F.L.のオフィシャルがフットボールをすることとC.T.E.(慢性外傷性脳症)の関連を証言」、「2016年7月20日:頭部トラウマの危険を過小評価したNFLの医師が辞任」、2017年7月25日:111のNFL選手の脳。1人をのぞいて全てCTEに罹患」とNFLにおける脳しんとう問題のテキストを表示していき、最後は「2017年12月24日:NFL脳しんとうプロトコルを変更」で終わるのだ。

これは同紙が真実を報道し続けてきたことをアピールするために制作した動画だが、スーパーボウル直前という公開時期も合わせ、この問題がどれだけ深刻で今も存在し続けていることを改めて深く受け止めさせられた。

実際、和解についても賠償はまだ始まったばかりで、最初の和解時よりも大幅に膨らむことが予想されている。和解についての公式サイトによれば賠償プログラムは昨年1月に開始され、230件の申し立てに対してここまでの13カ月間に2億7,600万ドルが支払われたとのことだ。このペースを元にプログラムを担当している弁護士は最終的な賠償額は13億6,000万ドルに達すると予想しているが、実際にはその2倍以上になる可能性もあると指摘しているのである。

また賠償金の支払いについてもNFLがなかなか応じないという不満を表明する原告も出ているようだ。

さらに裁判自体も終わったわけではない。約150人の元選手とその家族が和解から脱退。NFLは以前からその危険性を認識していたとして不法死亡訴訟を起こしている。また保険会社からも同様の訴訟を起こされており、NFLは争っている状況だ。

スーパーボウルの前日にミネアポリスで開催されたビジネス・アイデアのコンテスト「1st・アンド・フューチャー」では、防具部門で液晶エラストマー(LCE)と呼ばれる形状変化ポリマーをヘルメットの内側の緩衝剤に使用するというアイデアの米インプレッシオ社が優勝を果たした。また昨シーズンは柔らかな外殻と円柱形のショックアブソーバーなどから構成されるVICISの新型ヘルメット、ZERO1が注目され、シーホークスのクオーターバック(QB)ラッセル・ウィルソンが同社に出資して話題となったりもした。

さまざまな取り組みがされ、前向きな印象もあるが、同時に大きな問題として今も存在し続けていることも忘れてはならないのである。賠償にしてもその支払期間は65年に及ぶと見られている。

わたなべ・ふみとし

渡辺 史敏
兵庫県生まれ
ジャーナリスト兼NFLジャパン リエゾン オフィスPRディレクター。1995年から2014年3月までニューヨークを拠点にアメリカンフットボールやサッカーなどスポーツと、さらにインターネット、TV、コンピュータなどITという2つの分野で取材・執筆活動を行う。2014年4月に帰国、現職に。『アメリカンフットボール・マガジン』、『日刊スポーツ電子版連載コラム:アメリカンリポート』、『Number』などで執筆中。