コラム

レイブンズはラマー・ジャクソン起用でパンドラの箱を開けたのか?

2018年11月25日(日) 09:39


ボルティモア・レイブンズのラマー・ジャクソン【AP Photo/Darron Cummings】

レイブンズのドラフト1巡指名クオーターバック(QB)のラマー・ジャクソンがシーズン第11週のベンガルズ戦で鮮烈なスターターデビューを果たした。今年のドラフトで1巡指名を受けた5人の新人QBの中では最も遅い先発出場となったが、そのインパクトは強烈だった。

オプション攻撃やスクランブルなど自らボールを持って走ること27回。QBのボールキャリーとしては1950年以来で最多だそうだ。それはそうだろう。今時ランニングバック(RB)でもこんなに多くのキャリーをすることは稀(まれ)だ。

パスはというと19試投で13回の成功、150ヤードを記録した。タッチダウンがゼロで被インターセプトがひとつあったためにレーティングは70.1と振るわなかった。しかし、そんなことはお構いなしに走り回るジャクソンの姿はまるでルイビル大学時代のプレースタイルをそのまま導入したかのようだった。

レイブンズのマーティ・モーニンウェグ攻撃コーディネーターは故障で欠場したジョー・フラッコに代わって急きょ先発することが決まったジャクソンが伸び伸びとプレーできるようにあえてオプションなどQBのランを多用するプレーコールを行ったのだろう。

NFLではQBによるラン攻撃はおよそタブーとされる。ケガが怖いからだ。ベンガルズのマービン・ルイスHC(ヘッドコーチ)は「NFLではクオーターバックは永遠に走り続けられるわけではない。遅かれ早かれケガをしてしまうだろう」と述べている。敗軍の将の言葉だけに負け惜しみも感じないではないが、多くのNFLの首脳陣は同じ考えだろう。

QBのオプションプレーが一気に広まった時期は確かにあった。ロバート・グリフィン三世がレッドスキンズで旋風を巻き起こした2012年だ。ベイラー大学時代のスタイルそのままにオプションを駆使し、レッドスキンズを地区優勝に導いた。“RGIII”ブームが巻き起こり、QBのオプションランを採用するチームも増えたが、結果的にグリフィンは膝の靱帯を断裂する重傷を負って戦列離脱。その後は復帰を果たすも以前の脚力は失い、同期で4巡指名のカーク・カズンズにポジションを奪われていった。

これが大きな教訓となり、NFLではQBによるランが一般的になることはなかった。キャム・ニュートン(パンサーズ)やラッセル・ウィルソン(シーホークス)が時折デザインされたランプレーを見せるが、QBのランがオフェンスのベースになることはあり得ない。

ところがジャクソンが先発を務めたレイブンズオフェンスはまるでカレッジフットボールの試合かと思うくらいにQBランを多用した。

今季のレイブンズはオフェンスに爆発的な力がなく、それが勝ち星がなかなか伸びない理由とされている。ジャクソンによるQBランの多用はオフェンスに刺激を与える目的もあったと考えられるし、それは奏功した。それでもQBが故障する危険のあるランプレーは多くのチームが開けずにおくパンドラの箱なのだ。

仮に「QBが壊れる」という前提が崩れた場合を想定してみる。ディフェンスからの激しいヒットを受ける以上、故障の可能性を完全に否定することは不可能だが、負傷する確率がポケットパサーと同じくらいにすることができれば、NFLでもQBのランプレーを効果的に使うチームが増えるのではないか。ジャクソンの負傷を恐れずにランプレーをコールし続けたレイブンズには、そんな常識外れの新たな試みをしたのではないかとさえ思ってしまうのだ。

NFLのディフェンダーのタックルはカレッジとは比較にならないくらいにスピードがあり、強烈だ。だから、ヒットを受けてケガをしないという前提はやはり成り立たない。それだけにジャクソンのプレースタイルは試合を見終わった今でも現実感を持てないほどの印象を残すのである。