コラム

社会正義に取り組む一方で苦悩するNFL

2019年01月27日(日) 08:34

Inspire Change【NFLJapan.com】

現地1月11日、NFLは社会正義の促進を目的としたキャンペーン“インスパイアチェンジ”を発表した。これは“全国のコミュニティに積極的な変化を生み出す”ため、選手、チームオーナー、リーグが共同で取り組むプラットフォームだ。“教育と経済発展”、“警察と地域関係”、“刑事司法改革”という3つの分野が対象となっている。

キャンペーンのCMはディビジョナルプレーオフから放送が開始され、スーパーボウル当日まで試合中継のみならず全米で放送されている。

また14日にはNFL専門ケーブルチャンネル『NFL Network(NFLネットワーク)』で、ベアーズが9人からなる社会正義委員会の設立と地元の社会正義活動に80万ドル以上を寄付する努力をテーマとしたドキュメンタリー番組が放送された。

さらに15日、6つのコミュニティに存在する問題と価値観についての“選手と地元の指導者たちとの対話”を特集した6部構成のドキュメンタリーシリーズがキャンペーンのウェブサイトで公開されている。追加のエピソードも毎週NFL公式サイトや公式アプリ、『Facebook(フェイスブック)』ページなど、NFLのデジタルおよびソーシャルプラットフォームで掲載中だ。

さらに青少年が最大限の能力を発揮し、地域社会が人種的・経済的分断を超えてつながることを支援する長期的なメンタリング関係を築くことを目的とした団体、ビッグブラザーズ・オブ・ビッグ・シスターズ・オブ・アメリカ(BBBSA)と貧困層のコミュニティの中で全国的な活動を支援する、オペレーションホープに活動資金を提供することも発表されている。

NFLのアンナ・アサークソン社会的責任担当上級副社長は「課題を理解するには時間をかけなければなりません。飛び込むことはできないんです。私たちは本当に支持者や地域の指導者たちと面会し、議論し、幅広い社会の下で焦点を合わせるべき最も重要な側面を決めるために時間をかけました」と入念な準備のもとに開始したことを語っている。

一方、13日には2月3日に開催される第53回スーパーボウルのハーフタイムショーに人気バンド、マルーン5が出演し、ゲストパフォーマーとしてラッパーのトラヴィス・スコットとビッグ・ボーイが参加することを発表された。この発表に合わせ、スコットはNFLが彼と合同で社会正義の促進団体ドリームコープスに50万ドルを寄付することで合意することが出演の条件だったという声明文を出している。

これらはいわばNFLが社会正義に積極的であることを強くアピールした形だ。実のところNFLは昨秋来、社会正義に関して特にアメリカ技能界からの逆風にさらされてきたのである。

発端は2016年に当時49ersのクオーターバックだったコリン・キャパニックが始めた人種差別への抗議行動にあり、試合前の国歌斉唱の際に起立せず膝をついてその意志を表すものだ。抗議行動はNFL、さらにはさまざまなスポーツに広がる一方でトランプ大統領まで巻き込む社会問題化した。そのためNFLとオーナーたちは事実上抗議行動を禁止する規定を今シーズン開幕前に策定するに至った。その一方でキャパニックは2017年以降、どのチームとも契約できていない。

そんな中、昨年9月の今シーズン開幕直後にはマルーン5がハーフタイムショーに出演すると報じられた。ただ、公式発表はされず、逆に10月には人気歌手リアーナがゲスト出演を拒否したと複数のメディアが報じる展開となったのだ。その理由は抗議活動の禁止規定とキャパニックが契約できない状況はNFLの社会不正義だというものである。リアーナ以外にP!NKもオファーを断ったと伝えられ、NFLのイメージはかなりのダメージを負っていた。1月半ばまでハーフタイムショーの出演者が公式発表されなかったのもその影響と見られている。

それだけに今回のキャンペーンとスコットとの寄付は回復への大きな一歩と感じられる。とはいえ、状況はかならずしも思うようにはなっていない。キャンペーンへの反発はないものの、スコットの出演に対しては大物ラッパーのジェイ・Zなどが「出演すべきでない」などと反対を表明。スコットとキャパニックが話し、リスペクトと理解を共有したという報道が出ると、キャパニックのガールフレンドが異議を唱えたメッセージをツイートするなど荒れた展開となっている。さらに、出演者たちに辞退を求めたり、パフォーマンス中に膝をつくように求めたりする運動も行われている状況だ。

NFLがより積極的に社会正義を推し進めている活動が広く認知され、これまでどおり純粋に熱狂できるハーフタイムショーになるといいのだが。

わたなべ・ふみとし

渡辺 史敏
兵庫県生まれ
ジャーナリスト兼NFLジャパン リエゾン オフィスPRディレクター。1995年から2014年3月までニューヨークを拠点にアメリカンフットボールやサッカーなどスポーツと、さらにインターネット、TV、コンピュータなどITという2つの分野で取材・執筆活動を行う。2014年4月に帰国、現職に。『アメリカンフットボール・マガジン』、『日刊スポーツ電子版連載コラム:アメリカンリポート』、『Number』などで執筆中。