コラム

期限直前のトレードラッシュ、メリットを享受するのは?

2019年10月28日(月) 07:40

ニューイングランド・ペイトリオッツのモハメド・サヌー【AP Photo/Steven Senne】

今季のトレード期限――アメリカ東部時間10月29日(火)16時――が迫るなか、シーズン第7週直後のNFLではトレードが相次いだ。この傾向は来週まで続くものとみられ、レギュラーシーズン後半にかけて有力選手の争奪戦が繰り広げられる。

この1週間で起きた移籍劇で印象的だったのはファルコンズのワイドレシーバー(WR)モハメッド・サヌーのペイトリオッツ入団と、ブロンコスのWRエマニュエル・サンダースの49ers加入だ。シーズンが終わって振り返ったとき、この2つのトレードは大きな成功例となるかもしれない。

サヌーの移籍は彼自身のプロキャリアを塗り替えるものになる可能性がある。サヌーは2012年にドラフト3巡目の指名でベンガルズに入団した。当時のベンガルズではすでにA.J.グリーンがエースレシーバーとしての地位を確立しており、サヌーはアンドリュー・ホーキンスやマービン・ジョーンズと同様に2番手から3番手を固める存在でしかなかった。

3年目の2014年こそ790ヤードレシーブと5タッチダウン(自己最多タイ)をマークしたものの、それ以外のシーズンは目立った成績を残せず、グリーンの引き立て役でしかなかった。

そんなサヌーに転機が訪れたのは2016年にフリーエージェント(FA)でファルコンズに移籍してからだ。フリオ・ジョーンズがクオーターバック(QB)マット・ライアンの不動のトップターゲットである状況はベンガルズと似ているが、サヌーにはナンバー2のポジションが与えられた。ジョーンズへのマークが厳しくなればサヌーがターゲットになる確率が上がる。サヌー自身もそのチャンスを逃さずに成績を伸ばしていった。

移籍1年目でサヌーはプレーオフでの勝利を初めて経験しただけでなく、スーパーボウルの舞台も踏むことができた。ファルコンズの躍進の立役者としてサヌーの存在は欠かせなかった。

奇しくもその時の対戦相手だったペイトリオッツがサヌーの第3の所属チームとなる。現在のペイトリオッツは開幕から7連勝と好調であるものの、レシーバー陣はWRジュリアン・エデルマンが故障を押して出場中、ジョシュ・ゴードンは欠場中と決して安泰ではない。そこに経験豊富なサヌーが入ることで、パスオフェンスをさらに拡張しようというのがこのトレードの狙いだ。

ただ、このトレードはペイトリオッツよりもサヌーにとってのメリットの方が大きいだろう。QBトム・ブレイディは並のレシーバーを一流に育ててしまう能力を持つ。これまで第2から第3レシーバー、言わばバイプレーヤーとしてベンガルズやファルコンズで貢献してきたサヌーがブレイディによってエースWRに引き上げられる可能性が考えられるのだ。NFL7年目にしてトップターゲットの座を射止められるかもしれないとあっては奮い立たないはずがない。

スピードもあり、オープンスペースを見つけることにも長けたサヌーがブレイディのパスと出合うとき、その破壊力は計り知れない。楽しみなコンビネーションの誕生だ。

サンダースの移籍はむしろ49ersとQBジミー・ガロポロへの恩恵が大きいだろう。ペイトリオッツと同様にここまで開幕から勝利街道をひた走る49ersだが、好調なディフェンスに比べてオフェンスはレシーバー不足が懸念されていた。現在のトップレシーバーはタイトエンド(TE)ジョージ・キトル(34キャッチ、376ヤード)だが、それに続く選手でレシービングヤードが200に到達するものは皆無だ。しかも、タッチダウン数は1またはゼロ。これではいかに好調な49ersでも後半に不安を禁じ得ない。

ここに過去3回の1,000ヤードレシーブを達成しているサンダースが加わることでパスオフェンスは大きく改善される見込みだ。近年は故障が多く、全盛期の勢いが見られないサンダースだが、それでもスピードが現在の49ersのどのレシーバーにも負けるものではない。サンダースの加入は49ersのパスオフェンスに大きな変革をもたらす起爆剤になるかもしれない。

偶然にも無敗のチームが有能なレシーバーを獲得する結果となったが、どちらも「鬼に金棒」のトレード劇だ。ペイトリオッツと49ersを追うチームがこれに対してどのような対抗策を講じてくるのか。最後に笑うのはどちらだ?

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。