49ersのスキームをしのいだパトリック・マホームズの運動能力
2020年02月10日(月) 07:17屈指の好カードとなった第54回スーパーボウルは第4クオーターに鮮やかな逆転劇を演じたチーフスが勝利した。実に50年ぶりのスーパーボウル優勝である。
50年と一言でいうが、ファンにとっては気の遠くなるような時間だっただろう。レギュラーシーズンで好成績を収めながらプレーオフで敗退という苦い経験を繰り返してきた。その思いが一気に報われる勝利だ。
敗れた49ersもNFC第1シードにふさわしい実力を存分に発揮して好ゲームを展開した。健闘をたたえたい。
実力伯仲の顔合わせで、どちらが勝っても納得のいくスーパーボウルだった。ただ、差が出るとすればチーフスのクオーターバック(QB)パトリック・マホームズがその類まれな運動能力から繰り出すビッグプレーの有無だと予想していた。結果、その通りになったのだが、選手の運動能力が綿密に練られたスキームをしのいだ事実は興味深い。
思い起こせば昨年のスーパーボウルはペイトリオッツのディフェンススキームがゲームを支配した。徹底したパスラッシュでラムズのQBジャレッド・ゴフのリズムを狂わせ、1試合平均32.9点を誇った強力オフェンスをタッチダウンなしの3点に抑え込んだ。ペイトリオッツのオフェンスも決して本調子ではなかったが、12得点は勝利に十分だった。
スーパーボウルでの49ersはさまざまなスキームを用意してきた。さすがは智将カイル・シャナハンというところか。モーションを多用し、パスコースを広く散らすことによってフィールドにスペースを作り、そこにジミー・ガロポロのパスを通すのはレギュラーシーズン中の戦略と同じだ。
それに加え、普段はブロッカーとして起用されるフルバック(FB)カイル・ユーズチェックをボールキャリアー、パスキャッチャーとして有効活用した。また、エースタイトエンド(TE)ジョージ・キトルが執拗(しつよう)なダブルカバーを受けるのを見て、そのカバーを外すのではなく敢えてキトルをデコイ(おとり)にし、ワイドレシーバー(WR)ディーボ・サミュエルやエマニュエル・サンダースにパスを回した。守備では普段はディフェンスから見て左のディフェンシブエンド(DE)に入ることが多いニック・ボサを右サイド(マホームズのブラインドサイド)に配置した。これは対面になるレフトタックル(LT)エリック・フィッシャーがパスプロテクションがあまりうまくないことを見抜いての起用だった。
これらのスキームはうまくはまった。それが第4クオーター序盤まで20対10でリードする展開につながった。
一方のチーフスは、これまでポストシーズンゲームで被インターセプトのなかったマホームズが不用意なパスから2インターセプトを喫するなどミスが続き、それがチーム全体のフラストレーションを生んでいった。
そんな雰囲気を一掃したのが第4クオーターのサードダウン15ヤードの場面でマホームズがWRタイリーク・ヒルに放った44ヤードのロングパスだった。これがトラビス・ケルシーのタッチダウンパスキャッチのおぜん立てとなった。
ここからである。マホームズが持ち前の運動能力を存分に発揮し始めたのは。終盤にきて疲れが出てきたのか動きが鈍くなったボサのパスラッシュをかいくぐってポケットの外に出ると、スクランブルと見せかけてラインバッカーやセカンダリーをつり出しておいて素早くパスを投げる。
ステップを踏まずに腕だけで投げるため、ディフェンスが反応できない。本来ならフォームが崩れたパスは失速するものだが、そうしたパスでも伸びが出るのがマホームズの肩だ。マホームズをタックルに行ったディフェンダーは自分の頭を超えていくパスを見上げるしかなかった。
こうなればマホームズの独壇場だ。ケルシーのタッチダウン直後のポゼッションで時間を使うか追加得点をあげれば展開も違っていただろうが、この大事な場面で49ersは3&アウトに終わってしまう。モメンタムを完全に手中にしたチーフスはそのまま逆転して優勝を手にしたのだった。
この結果が興味深いのは、現在のNFLではスキームではなかなか抑えきれない運動能力の高い選手が多いからだ。レイブンズのQBラマー・ジャクソン、49ersのボサ、タイタンズのランニングバック(RB)デリック・ヘンリーなどがそうだ。
こうした選手に対してどのような対策が講じられるのか。それがヘッドコーチやコーディネーターたちに課された課題であり、2020年シーズンの注目点の一つでもある。
いけざわ・ひろし
- 生沢 浩
- 1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。