ニュース

カウボーイズTEとして活躍し、公民権擁護者でもあったペティス・ノーマンが86歳で逝去

2025年07月09日(水) 12:04

ペティス・ノーマン【NFL】

かつてダラス・カウボーイズのタイトエンド(TE)としてプレーし、1960年代に公民権問題について積極的に発言していたペティス・ノーマンが86歳で亡くなった。

現地7日(月)夜、カウボーイズはチーム公式サイトでノーマンが亡くなったことを発表し、チームの歴史の中で最も影響力のある選手の1人だと称えた。

ノーマンはヘッドコーチ(HC)を務めていたトム・ランドリーに、選手のホテルの部屋割りを人種に基づいて決めるのをやめるよう直談判した。それからすぐに、カウボーイズは選手の名前を基準に部屋を割り当てるようになった。

「社会で長きにわたって続いてきた仕組みを変えるためにできることは何でもやろうとしていた」とノーマンは振り返っている。

1970年シーズンに行われた第5回スーパーボウルでカウボーイズがボルティモア・コルツに16対13で敗れた後、ノーマンはプロフットボールの殿堂入りを果たした元ワイドレシーバー(WR)ランス・アルワースとのトレードでサンディエゴ・チャージャーズに加入。カウボーイズはその翌シーズンに初めてスーパーボウル制覇を果たした。

元ランニングバック(RB)カルビン・ヒルは、チームの黒人選手たちはノーマンが政治的な活動を理由にトレードされたと考え、怒りを覚えていたと明かしている。ノーマンはトレード前にダラスでの抗議活動に参加していた。

チームによると、ノーマンはダラスで最初に黒人銀行幹部の1人になったという。ジョージア州で生まれたノーマンは、家族と共に移住したノースカロライナ州シャーロットで育ち、その地域にある歴史的黒人大学のジョンソン・C・スミス大学に通っていた。

12シーズンにわたるNFLキャリアのうち9シーズンをカウボーイズで過ごしたノーマンは、キャリア通算で162試合に出場し、キャッチ183回、2,492ヤード、タッチダウン15回を記録した。

ノーマンの家族は『Facebook(フェイスブック)』の投稿で、ノーマンは「家族に囲まれながら穏やかに」眠るように亡くなったとつづっている。


記事提供:『The Associated Press(AP通信)』


【RA】