コラム

新たなトレンド? 急速に広まるエモリー&ヘンリーフォーメーション

2016年11月25日(金) 16:56

ピッツバーグ・スティーラーズのリビオン・ベルとクリーブランド・ブラウンズのジェイミー・コリンズ【AP Photo/Ron Schwane】

戦略・戦術が大きな役割を果たすフットボールでは時に独創的なフォーメーションが誕生する。それが効果的なものであれば、すぐに他のチームが真似をして瞬く間に広がり、新たな進化を迎える。

ときにコピーキャット(真似っ子)リーグと揶揄されるNFLではその傾向がさらに顕著だ。昨今ではカレッジや高校のレベルのフットボールからもヒントを得たものが少なくない。2008年に大流行したワイルドキャットや、今では当たり前になったピストルフォーメーションも、もともとはカレッジで使用されていた隊形を導入したものだ。

そして、今季になって急速に広まってきたフォーメーションがある。それが以下の図に表わされるものだ。

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この隊形の最大の特徴はOGとOTの間が広く開いていることだ。ディフェンスからは【TE・OT・WR】【2OG・C・QB・RB】【OT・TE・WR】の3つのグループに分かれているように見える。

これはスプレッドフォーメーションのひとつで、“タックルスプレッド”、“スプリットタックル”などと呼ばれるが、NFLでは“エモリー&ヘンリー”という名で呼ばれることが多い。

最近では第10週のマンデーナイトフットボールでベンガルズがジャイアンツに対して使用した。実際のプレーでは左サイドが【2OT・TE・WR】、右が【TE・WR】という組み合わせで、TEタイラー・アイファートがRBの位置にセットした。QBアンディ・ダルトンからアイファートへの71ヤードのパスが決まり、タッチダウンのお膳立てとなったプレーだ。

ビッグプレーにつながったためか、このフォーメーションを使うチームが一気に増えた。ただし、多くはこの隊形をディフェンスに見せた後、元のオーソドックスなフォーメーションに戻す、いわばディスガイズ(相手を惑わす戦術)として使用している。第11週にはスティーラーズもブラウンズ戦で披露した。

もっとも、エモリー&ヘンリーフォーメーション自体は目新しいものではなく、NFLでも数年前から散見していた。好んで使ったのはイーグルスでヘッドコーチ(HC)を務めた頃のチップ・ケリー(現49ersのHC)だ。ケリーはオレゴン大学のアップテンポなスプレッドオフェンスの一環としてこのフォーメーションを使っていた。それをイーグルスにも導入したのだ。

調べてみると、エモリー&ヘンリーフォーメーションの起源は1950年代にまでさかのぼるようだ。バージニア州エモリー市にあるエモリー&ヘンリー大学が使用していたという。当時のフットボールはTフォーメーションの全盛時代だ。パスはそれほど使われていなかった。

それをパス仕様に工夫したのが、フロリダ大学やサウスカロライナ大学で強力なパスオフェンスを構築し、一時はレッドスキンズのHCも務めたスティーブ・スパリアーだ。スパリアーは子供の頃にエモリー&ヘンリー大学の試合をよく観に行っており、その記憶を頼りにこのフォーメーションに新たな息吹を与えた。そして、大学の名前をフォーメーション名に冠したという。

さて、このフォーメーションの利点はどこにあるのだろうか。最大のアドバンテージはディフェンスを横にストレッチすることでフィールド上に広いスペースを作ることだ。

最近のNFLでは“広いスペースでプレーメーカーにボールをわたす”ことがオフェンスのゲームプランの大きな要素だと言われる。RBであれレシーバーであれ、広いスペースの中でディフェンダーと1対1のマッチアップを作ることができればボールキャリアーに有利だからだ。

逆にディフェンスはボールキャリアーを他のディフェンダーが複数いる場所に追いやるように守備位置をとる。ランフォース(CBやSがボールキャリアーをフィールド中央に追い込むような守備位置をとること)やコンテイン(DEやOLBがボールキャリアーをオープンフィールドに出さないように守備すること)はすべてこのコンセプトの下にある。

エモリー&ヘンリーはこのディフェンスのコンセプトを実行不可能にするフォーメーションなのだ。

また、オフェンスのスキルポジション(TE、WR、RB)を3カ所に分散することによってディフェンスも分散させることができる。ディフェンスは一人の選手に対するダブルカバーが難しくなってしまうのだ。

オフェンスは左右にいるWRへのクイックスクリーンやRBを使ったリードオプションなどのプレーを使うと効果的だ。

その反面、QBが3人のOLにしか守られていないという弱点もある。そのため、QBが長くボールを持つようなプレー、例えばアウトサイドレシーバーへのロングパスなどは使いにくい。それを実現するためにはリリースを早くし、その分高い軌道を描いて滞空時間を長くしてレシーバーがディープゾーンに走り込む時間を稼がなければならない。滞空時間が長ければDBがボールに反応する時間もできる道理で、インターセプトの危険が高まる。

前述のダルトンからアイファートへのパスも滞空時間が長かったが、アイファートがこのフォーメーションに戸惑ったディフェンダーを振り切ってワイドオープンになったために成功したプレーだった。

不慣れなフォーメーションだけにディフェンスの動揺を誘うには効果的だが、QBを危険にさらす側面も否定できない。多くのチームがデモンストレーション的に使うことに限定し、実際にこのエモリー&ヘンリー隊形からプレーを繰り出すケースが少ないのは今ひとつQBのプロテクションに信頼を置けないからなのだろう。

それだけにダルトンからアイファートへの71ヤードパス成功は衝撃的だった。

2008年にドルフィンズがワイルドキャットを駆使してペイトリオッツを撃破した時にはこぞって他のチームが同じ作戦を導入した。それと同じ現象が今、NFLに起こりつつある。

とはいえ、あくまでもエモリー&ヘンリーフォーメーションはトリックプレーの域を出ない。だが、トリックプレーは使いようによっては大きな武器となる。

NFLは間もなくレギュラーシーズンの最終月に突入する。プレーオフ進出をかけた戦いが本格化するこの時期に、エモリー&ヘンリーフォーメーションがどんな彩りを添えてくれるのか注目したい。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。