コラム

契約延長報道の直後にフィッシャーのHC解任を強行したラムズ

2016年12月15日(木) 07:37


ロサンゼルス・ラムズのHCジェフ・フィッシャー【AP Photo/Mark J. Terrill】

ラムズのジェフ・フィッシャーHC(ヘッドコーチ)がシーズン途中にもかかわらず解任された。NFLの指揮官がその職を解かれるのは今季はこれが初めてだ。残り3試合はスペシャルチームコーディネイターのジョン・ファッセルが代行を務める

3勝1敗のスタート後、2回の4連敗で4勝9敗の成績では無理もないのだが、第15週のサーズデーナイトゲームの直前の解雇劇は不可解な部分も少なくない。

まず、フィッシャーは開幕前に2年間の契約延長を打診され、シーズン中に契約書にサインしたとされる。この契約延長のニュースが報道されたのは解任のわずか10日前のことだ。

NFL.comの報道によればこの契約延長について主任オペレーティングオフィサーのケビン・デモフは「誰もがジェフをチーム成績で評価しようとするが、今年彼に託された数々の状況を見ればそれは不公平であると言わざるを得ない」と発言している。

「数々の状況」とはセントルイスからロサンゼルスへの移転に他ならない。時間帯も天候も全く異なる場所でチームの環境を整えるのは難しい。たとえば移転に伴い、オフのOTA(合同チーム練習)、ミニキャンプ、トレーニングキャンプをラムズはそれぞれ別々の場所で行わなければならなかった。

昨年までの4年間で、最高でも1シーズン7勝しかできなかったフィッシャーが5年契約の最終年となる今季もHCを任されたのはチーム移転があったからだ。フィッシャーはオイラーズ(現タイタンズ)HC時代の1997年にテキサス州ヒューストンからテネシー州ナッシュビルへのチーム移転を経験している。その経験値が評価されたのだ。

ロサンゼルス・ラムズ【Tom Hauck via AP】

戦績で評価するべきではないというのであればこの時期における解任はおかしい。ドラフト全体1位指名の新人QBジャレッド・ゴフにとってもシーズン途中の指揮官交代は余計な負担をかけることになる。

フィッシャーの解雇にはオーナーであるスタン・クロンキーの意向が強く働いたと考えられる。クロンキーは自身のビジネスの拠点でもあるロサンゼルスにチームを移転させるために強硬な姿勢を貫いた。残留を望むファンの声には耳を貸さず、ミズーリ州とセントルイスが提案した新スタジアム建設計画も一蹴した。

その一方で私財を投じて新スタジアムを中心とした一大娯楽施設をロサンゼルスに建設中だ。クロンキーの目下の関心事は新スタジアムのラグジュアリーシートのシーズンチケットをいかに多く売るかだ。

22年にもわたって応戦する地元NFLチームを持たなかったロサンゼルスのファンたちはラムズを熱烈に歓迎した。もしかしたら、ロサンゼルス・レイダースのファンだった人たちも抱え込んだかもしれない。フレッシュなスタートにふさわしいゴフがタイミングよくドラフト指名されたこともあり、期待は大きく膨らんだ。

しかし、シーズンも半ばを過ぎるとラムズは下降の一途をたどることになる。オフェンスはダントツのリーグ最下位。チームの強みであったはずのディフェンスも不調だ。将来を託されたはずのゴフはなかなか現れず、ようやく登場したかと思えば実力不足は明らかな戦いぶり。期待が大きかった分だけ失望感はチームへの非難と変わる。

かつてのスター選手であるエリック・ディッカーソンがフィッシャー解任を声高に叫ぶようになったことから、ファンもそれに同調するようになり、ラムズへの逆風はいよいよ強くなった。こうしたファン離れを恐れたクロンキーはフィッシャーを切り捨てる決断をしたのだ。

来年にはチャージャーズもロサンゼルスに移転する可能性がある。現状ではその可否は不明だが、移転が決まれば人気をチャージャーズに奪われる危機感もクロンキーにはあるだろう。

ただ、今回のやり方は拙速だった。フィッシャーの契約延長を行い、チーム関係者がその戦績を擁護する発言をしたのとは裏腹に突然の解雇だ。クロンキーには冷酷な独裁者のイメージがついてしまった。

ラムズかこれから来年の新HC探しを始める。しかし、今回の解任の経緯は心象がよくない。フィッシャーと同じ目に遭うことを恐れる人物はラムズからのオファーを受けないだろう。HCとなる人材にとって、オーナーが尽くすに値する人物か否かは大きな問題だ。その意味で今回のクロンキーは人望を失ってしまった。

実力がものをいう世界なのだから、HC交代は世の常だ。感情よりもビジネスが優先される。しかし、今回のフィッシャー解雇のあまりにも拙速で後味の悪いものとなったのは残念だ。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。