コラム

40ヤード走のタイムとNFLでの活躍の関係性についての一考察

2017年03月11日(土) 14:49

2017年スカウティングコンバインで40ヤード走に挑むワシントン大学のワイドレシーバー(WR)ジョン・ロス【Aaron M. Sprecher via AP】

現地時間3月6日に幕を閉じた今年のスカウティングコンバイン。数々の計測が行われる中でワシントン大学のワイドレシーバー(WR)ジョン・ロス三世が9年ぶりに40ヤード走の新記録を出したことが話題になった。

ロス三世のタイムは4.22秒で、クリス・ジョンソン(現カーディナルス)が2008年にマークした4.24秒の記録を9年ぶりに塗り替えている。

40ヤード走のタイムは選手の運動能力を示すバロメーターとして紹介されることが多い。どのポジションであってもスピードは重要で、それを示す最も分かりやすい数字だからだ。

ただし、40ヤード走でタイムのいい選手がNFLで活躍できるかというと必ずしもそうではないようだ。『AP通信』はロス三世の記録を伝える記事の参考として過去の40ヤード走トップ5(同タイムがいるので計7人)のリストを公開した。まだNFLから指名を受けていないロス三世を除いてトップ6傑がNFLでどのように活躍したかを振り返ってみたい。

歴代1位の座を明け渡したジョンソンはタイタンズに1巡指名(全体24位)を受けてNFL入りした。2年目の2009年には史上6人目となる2,000ヤード超のラッシュを達成。2013年までタイタンズのエースランニングバック(RB)としてプレーし、6年連続で1,000ヤード超えを果たした。しかし、その後はジェッツ、カーディナルスと渡り歩きながら全盛期に匹敵する数字を残せないでいる。

これはジョンソン自身の年齢からくる衰えもあるだろうが、NFLにおけるRBの役割そのものが変わってきた影響もある。前回のコラムでもふれたが、現在のNFLはパスが主流で、1試合あたり20回以上のボールキャリーをする選手は激減した。ラン攻撃も複数のRBでキャリー数をシェアするのが一般的で、それだけ個人の獲得距離も少なくなる。ジョンソンもまた前時代的なRBの一人だ。

とはいえ、実績は十分で、コンバインでの好タイムがNFLでの成績を示唆するものであったと言っていいだろう。

実は上位7人の中でRBはジョンソンだけだ。それもそのはずで、“走るのが専門”と単純に説明されるポジションではあるが、直線で40ヤードを走る場面は実戦ではほとんどない。走り方も40ヤード走で使われるスプリンタータイプのものと全く違う。RBは重心を低くして、体をコンパクトにまとめてスクリメージラインを越える。走路も直線ばかりではなく、ラテラルな動きも多い。そして、常にボールセキュリティにも神経を使わなければならない。

RBの中にはコンバインの直前に陸上競技の指導者についてスプリンターの走り方を習う選手が多数いるほどだ。それだけ同じ“走り”でも違うものなのだ。

3番手のドライ・アーチャー(ケント州立大学WR、2014年、4.26秒)はスティーラーズから3巡指名を受けた。スティーラーズではバックRBまたはキックリターナーとしての役割が多かったが、これといった活躍もないままに解雇されて昨年ビルズに移籍したがスタッツ上の数字は残さなかった。

2013年に4.27秒をマークしたテキサス大学WRマーキス・グッドウィンは3巡指名でビルズに入団。2016年はキャリア最多の9試合に先発出場して、29キャッチ、431ヤード、3タッチダウンの数字を残した。このオフにはフリーエージェント(FA)となるが、実績からいって先発クラスの契約を手にするのは難しいだろう。

4.28秒で並ぶのはクレムゾン大学WRジャコビー・フォード(2010年、レイダーズ4巡)、マイアミ大学コーナーバック(CB)デマーカス・バン・ダイク(2011年、レイダーズ3巡)、アラバマ大学バーミングハム校WRのJ.J. ネルソン(2015年、カーディナルス)だが、現在でもフィールドで活躍するのはネルソンのみだ。フォードもダイクも2013年を最後に公式戦でのスタッツがない。

こうして見ると、40ヤード走のタイムが必ずしもNFLでの活躍を保証するものではないことがよく分かる。スピードはフットボールにおいて重要な要素ではあるが、スプリント走とフィールド上のランは大きく異なる。40ヤード走のタイムはあくまでも身体能力のごく一部でしかない。もっと他にたくさんの能力が要求されるスポーツがフットボールなのだ。

例えば、2003年にドラフト2巡目でNFL入りしたWRアンクワン・ボールディンは決して超一流のスピードの持ち主ではない。しかし、卓抜したキャッチ能力とサイドライン際のフットワークでチームに貢献し、これまでカーディナルス、レイブンズ、49ers、ライオンズと渡り歩く息の長い選手となっている。

こうした能力を総合的に判断することがNFLのスカウト陣には求められている。ところが、40ヤード走のタイムが過大に評価されているのもまた事実だ。あくまでも参考程度の数字に過ぎないと割り切れるかどうか。これもドラフトでの重要な戦略かも知れない。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。