コラム

新たなケミストリーかミスマッチか? RBピーターソンがセインツ入団

2017年04月27日(木) 05:11

ミネソタ・バイキングス時代のエイドリアン・ピーターソン【AP Photo/Andy Clayton-King】

バイキングスからリリースされた後、フリーエージェント(FA)となって去就が注目されていたランニングバック(RB)エイドリアン・ピーターソンがセインツと2年契約を結んだ。年俸総額は700万ドル(約7億8,100万円)でその半分が保証される。

全盛期はNFLを代表する選手だったピーターソンにしては年俸額が低く、“買いたたかれた”印象はぬぐえない。32歳という年齢と昨季13試合に欠場する原因となった膝の故障、そして何よりもセインツ以外に契約をオファーしたチームがいなかった事実がピーターソンの市場価値を下げた。自分の息子に対する虐待行為で2014年シーズンのほぼすべてに出場停止となった過去も影響しているだろう。

ピーターソンとセインツの組み合わせに違和感を覚えたファンも多いだろう。ピーターソンといえば現在のNFLでは少数派に分類される典型的なパウンディングバックだ。つまり、インサイドタックルを突破するランニングスタイルを用い、スピードとサイズでパワーを生み出すフィジカルランナーである。

一方のセインツはクオーターバック(QB)ドリュー・ブリーズを中心としたパス偏重型のオフェンスを展開する。これまでピーターソンがバイキングスで慣れ親しんできたものとは対極をなすスキームなのだ。ショーン・ペイトンHCの思惑はどこにあるのか。

可能性のひとつとして考えられるのはペイトンがランの比率アップを目指しているのではないかという予測だ。ペイトンのオフェンスの核となる考え方は有利なミスマッチを作り出して、そこをブリーズの正確無比なパスで突くというものだ。フリップフロップ(スナップ前にポジションを入れ替えること)やモーションを多用し、ワイドレシーバー(WR)、タイトエンド(TE)、RBのパーソネル(人数構成)を巧みに組み合わせることでスピードやサイズのミスマッチを生む。そこで生じた弱点をパスで攻撃するのだ。

ただし、ここ数年は対戦相手もブリーズのパス中心のオフェンスへの対策を練ってきており、ブリーズ自身のパスも2009年のリーグ制覇のころに比べると飛距離やスピードに衰えは隠せない。そうした中でマーク・イングラムとピーターソンを併用したパワーランを加えることでオフェンスに新たな息吹を吹き込もうとしているのであればこの契約は納得がいく。ブリーズもパス機会が減るのは不満だろうが、ランを織り交ぜることによってパスの効率が上がるのであれば受け入れるだろう。

幸いにセインツにはランブロックの得意なオフェンシブライン(OL)が揃っている。有能なOLを揃えて成功したカウボーイズや同地区ライバルのファルコンズの例に倣うのは理にかなっている。

もう一つ忘れてはならないのはブリーズのプレイスタイルだ。セインツはパスを多用するオフェンスにしてはショットガンフォーメーションの使用率は意外に低い。ブリーズがセンター(C)から直接スナップバックを受けてドロップバックする方が多いのだ。

ピーターソンはこれまで自分のランを中心とするオフェンスでしかプレーしてこなかった。こうしたオフェンスのQBはアンダーC(Cのすぐ後ろにセットする方法)を使うのが主流で、ピーターソンもIフォーメーションからボールをハンドオフされることが多かった。

ショットガン隊形からのランプレーはRBにとってはスクリメージラインに向かうランニングレーンの角度が変わることになり、ピーターソンのようにIフォーメーションタイプのRBには順応が必要だ。しかし、セインツではその必要がない。ディフェンスからはブリーズのセットする位置だけではランかパスかの予想がつきにくいという点もある。

これらがすべて順調に結果を出せばピーターソンの加入はセインツのパスオフェンスに新たな化学反応をもたらすことになる。

逆にセインツがピーターソンに対し、従来のパス主体のオフェンスへのアジャストを要求するケースも考えられる。むしろ、この方が可能性は高いだろう。

すでにこのオフェンスに慣れている分だけイングラムに分があり、彼が先発争いでリードする。ピーターソンはこれまでに経験のないバックアップの役割に甘んじなければならず、さらにこれまで以上のパスキャッチと、弱点とされるパスプロテクションを向上させなければならない。もちろん、セインツの、ピーターソンにとってはすべてが新しいオフェンスシステムを完全にマスターすることは大前提だ。これまでランファーストのオフェンスでしかプレーしたことがないピーターソンには大きな試練だ。

そこにこれまでスター選手として丁重に扱われてきたピーターソンのプライドやエゴが表面化するようだとロッカールームの雰囲気を壊す存在になりかねない。セインツはピーターソンと共にリスクを手にしたも同然なのだ。

セインツのピーターソン獲得の狙いを必死に読み解こうとしているのはNFC南地区のライバルたちも同じだ。ファルコンズ、パンサーズ、バッカニアーズは今頃はピーターソンの加わったセインツオフェンスをあらゆる方向からシミュレーションし、それにつれて目前に迫ったドラフト(現地4月27日から29日、フィラデルフィア)の戦略に修正を加えなければならない。

1巡目から2巡目の指名方針はなかなか変えられないが、3巡目以降はピーターソンを意識した指名を行うこともあり得る。例えば、中央突破力の向上に備えてラインバッカー(LB)やセーフティ(S)を獲得することなどだ。ここまで計算したか否かは不明だが、セインツは実にいいタイミングで攪乱の種をまいたことになる。

このオフ最大のFA選手であったピーターソンの去就が決まったことでいよいよNFLはドラフトとそれを受けた2017年シーズンへの準備へと突入する。昨シーズン終了からわずか3カ月に満たないが、新しい動きは着実に進んでいる。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。