コラム

TE進化論:オフェンスを多様化させた重要ポジション

2017年06月03日(土) 15:28

シアトル・シーホークスTEジミー・グラハム【AP Photo/Elaine Thompson】

過去10年ほどのNFLのオフェンスを振り返るとタイトエンド(TE)の重要性がかつてないほど高まってきているのが分かる。今年のドラフトでは3人のTEが1巡指名を受けた。どのチームも有能な人材をこのポジションに求め、オフェンスにおける核のひとつに位置付けている。

それでも、TEが一時ロースターから消えかかった時期もあった。1990年代にラン&シュートが流行すると、体格が大きくショートからミドルレンジのパスをキャッチするTEよりもスピードを生かしてフィールドを縦横に走り、テンポいいパスオフェンスを展開するワイドレシーバー(WR)が多く必要とされた。現在におけるフルバック(FB)のようにその存在感が薄れていったのだ。

しかし、クオーターバック(QB)の能力差が大きく影響するラン&シュートも長続きはしなかった。ショートパス多用のウェストコーストスタイルが中心でありつつも、ランオフェンスも復権する時代が2000年代に始まった。これに伴いブロッキングのうまいTEが再びクローズアップされたのだが、ラン&シュートでパスの魅力を知ってしまったオフェンスコーディネイターたちはさらに新しいオフェンスを求めていった。

ラン使用によってオフェンスにバランスを保ちつつも、あくまでも主力武器はパスで一気に距離を稼いで高得点をあげる。現在に続くオフェンスの流れはこの頃から生まれた。

時を同じくしてTEのタイプにも変化が訪れた。かつてはブロックが得意なTEとキャッチングで貢献するタイプに分かれており、それぞれランプレー、パッシングオフェンスで使い分けられていた。

ところが、シャノン・シャープ(ブロンコス、レイブンズ)、トニー・ゴンザレス(チーフス、ファルコンズ)といったWR並みのスピードをもってキャッチングで活躍する選手が現れてくると、TEはむしろランブロッキングから解放されてよりレシーバーとしての役割を強めていくことになる。

この頃から“TEはショートパスやミドルパスを担当”、“ダブルTEセットはランプレーのフォーメーション”といった過去の常識が崩れ始める。TEはWRと同じパスコースを走り、WRに優るサイズでディフェンスに対抗するようになったのだ。

このニュータイプのTEの台頭を見事に利用した一人がセインツのヘッドコーチ(HC)ショーン・ペイトンだ。ペイトンHCはシフティングやモーションを多用することでディフェンスとのミスマッチを作ることが得意だ。RBやTEをスプリットエンド(SE)やフランカーに入れることでディフェンスのパスカバレッジを混乱させるのだ。

例えば、ハドル後のセットではTEジミー・グラハム(現シーホークス)がオフェンシブタックル(OT)の隣である従来のTEの位置、同じサイドのフランカーにWRマーケス・コルストン(引退)が入るとする。スナップの前にグラハムが一歩下がり、コルストンがスクリメージラインまであがる。この時点でグラハムがHバックまたはスロットレシーバー、コスルトンがSEとなる。さらにグラハムがアウトサイドにモーションしてコスルトンよりも外側にセットすれば、コスルトンがSEでグラハムがフランカーとなる。

この動きに対し、ディフェンスが通常はTEをカバーするはずのセーフティ(S)がグラハムに合わせてアウトサイドに移動すればマンツーマンカバーを予定していたことがオフェンスに知られてしまうだけでなく、Sが不慣れなサイドライン際でのパスカバーを強いられることになる。

逆にSの位置はそのままにSとコーナーバック(CB)のアサイメントを変えた場合には、Sはよりスピードのあるコルストンを、CBは自分よりサイズに優るグラハムをカバーするというミスマッチが生まれる。

ここにピンポイントでパスを通すことのできるQBドリュー・ブリーズが加わるのだからセインツのパスオフェンスは強力になるわけだ。

TEを利用してミスマッチを作り出す方法はノーハドルでこそ有効だ。オフェンスがノーハドルでプレイを連続させる際、ディフェンスが最も頭を悩ませるのはオフェンスに合わせたパーソネル(人員構成)を作ることだ。

オフェンスのバックフィールドでRB1人、TE1人、WR3人(いわゆる“113”パーソネル)の布陣に対してディフェンスはニッケルやダイム守備で対抗する。WRが多い分だけパスの可能性が高まるからだ。では、RB1、TE2、WR2の“122”パーソネルの場合はどうか。

かつては2TEならランプレーの可能性が高かった。しかし、現在はWR並みのスピードとパスキャッチ力に加えブロッキングのうまいTEも増えてきたためにそう単純ではなくなった。

ディフェンスがランプレーと予測してDL3、LB4、DB4というベースディフェンス(もっとも最近ではこの3-4-4をベースとして使うディフェンスはごく少数派となった)とする。それを見たQBはオーディブルコールでTEのうち一人をレシーバーの位置にシフトまたはモーションさせる。これによってディフェンスが“122”と判断したパーソネルは事実上“113”となり、パスに強いフォーメーションが作れる。

逆にディフェンスが4-2-5(ニッケル)、3-2-6(ダイム)などでパスを警戒してくれば2人のTEをブロッカーにしてランを展開することも可能だ。

「ノーハドルはオフェンスのあと出しじゃんけん」とよく言われるが、そこにはTEの多様性が無関係ではない。マルチタイプのTEは相手の出方次第でグーをパーにもチョキにもできるのだ。

TEの進化はオフェンスに大きなアドバンテージを生んできた。それに対抗するディフェンスもただ指をくわえてみていただけではない。ディフェンスもまた変革を遂げてきた。それについてはまた後日のコラムで紹介したい。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。