コラム

契約交渉破談、レッドスキンズとカズンズの間に横たわる溝

2017年07月23日(日) 06:44

ワシントン・レッドスキンズのカーク・カズンズ【AP Photo/Nam Y. Huh】

レッドスキンズがクオーターバック(QB)カーク・カズンズとの長期契約交渉を断念した。フランチャイズ指名をしていたカズンズとの長期契約交渉の期限はアメリカ東部時間7月17日(月)午後4時。この時間までに両者で合意に至ることはなかった。

NFLプレーヤーにはフランチャイズ指名を嫌う選手が多い。年俸は確実に上昇するものの、あくまでも1年契約でしかないからだ。しかも、移籍の際の補償条件がドラフト1巡指名権2つという極めて厳しいものであるため、他チームとのフリーエージェント(FA)交渉も実現不可能と言えるに近い。

選手が最も恐れるのは故障によって翌年の契約を失うことだ。だから長期契約で高額の補償額を要求する。

その点、レッドスキンズが5月にカズンズに提示したとされる内容は悪くない。NFL.comによれば契約期間は5年で総額1億1,000万ドル、そのうち5,300万ドルが補償されているという。この補償額はQBではアーロン・ロジャーズの5,400万ドルに次ぐ数字であると、球団社長のブルース・アレンが明らかにしている。

それだけではなく、契約期間中にカズンズが故障した場合、その保証額は7,200万ドルにまで上昇するのだ。選手が最も懸念するケガへの補填が含まれている。

それでもカズンズ側は首を縦に振らなかった。総額を契約年数で割った年俸相当分が希望額より300万ないし400万ドルほど少なかったからだという情報もある。ここにカズンズに対する本人サイドとレッドスキンズの評価の差が垣間見える。そして、それがそのまま両者の間の溝にもなっている。

カズンズの代理人のマイク・マッカートニーは強気の交渉で知られ、ポジションの最高額を常に目指すと言われる。カズンズのケースも例外ではないだろう。彼がそこまで強気の交渉に臨むのは、レッドスキンズにとってカズンズがかけがえのないフランチャイズQBであるとの信念があるからだ。

過去20年間で先発QBの定着することがなかったレッドスキンズに於いて2年連続でチームを勝ち越しに導いたのはカズンズだけだ(昨年は8勝7敗1分)。ルーキー契約の最終年だった2015年に全試合に先発出して4,166ヤードパッシングをマークしてプレーオフ出場を果たした。

この成績を材料に昨年オフに要求した長期契約は実現せず、2016年シーズンはフランチャイズ契約でプレーしたものの、それでもパッシング距離では前年を上回る4,917ヤードを記録し、初のプロボウルにも選出された。

実績は十分だというのがカズンズ側の認識だ。しかも、先発QBを必要とするチームが複数ある中で、カズンズがFAとなった際の市場価値は高い。これもレッドスキンズを説得する大きな材料になるはずだった。

しかし、レッドスキンズはそこまでカズンズを評価していないようだ。その理由の一つとして考えられるのが昨年の最終戦である。地区ライバルであるジャイアンツとの決戦で勝者がプレーオフ出場権を獲得する大事な試合だった。その大一番でカズンズは後半だけで2回のインターセプトを食らい、ゲームを作れなかった。プレーオフへの切符はジャイアンツが勝ち取っている。

チーム経営の責任者であるアレンにとってはシーズン全体よりもこの試合のカズンズの印象が強いのかもしれない。つまり、カズンズに高額の年俸を保証してチームの将来を託すほどの信頼を置けないのだ。

契約が破談に終わった後にアレンが出した声明で気になる文言があった。それは「カークがシーズンごとの契約交渉を望んでいることが明らかになった」というものだ。複数年契約より単年契約を好むNFL選手などいない。これはカズンズとマッカートニーに対する痛烈な皮肉である。

このようなコメントを公に出してしまうところに溝の深さが表れている。そして、来年のオフにも再び両者は契約交渉をする可能性が大なのだ。

カズンズが今季不調であれば、切り札はレッドスキンズが握る。年俸を抑えて慰留するか契約更新を断念すればいい。問題はカズンズが過去2年に比べてそん色ない成績を残し、レッドスキンズが再びプレーオフの舞台に復帰できた場合だ。

その時こそレッドスキンズはカズンズ側の条件をほぼ無条件に飲んで長期契約を結ぶべきだが、カズンズもかなりの好条件を求めてくるだろう。

この場合の交渉はカズンズが絶対的に有利だ。なぜなら、来年オフのQB需要は今よりも高まる可能性があるからだ。昨季終了時に引退の可能性を示唆したカーソン・パーマー(カージナルズ)やベン・ロスリスバーガー(スティーラーズ)らがユニフォームを脱ぐ決断をしたとすると、カズンズのように先発経験があり、実績もあるベテランQBの商品価値が上がる。

昨年のハイズマントロフィー受賞QBであるラマー・ジャクソン(ルイビル大学)のように新星の登場も期待できる。しかし、安定したポケットパサーの需要は依然としてNFLでは高く、カズンズのような選手が獲得可能であれば欲しいチームは少なくない。

来年のオフにも両者が納得いく内容で長期契約を結べればいい。昨年と今年の交渉で生まれた溝も笑い話で済む。しかし、来年も決裂という幕切れになれば、どちらかが今年の契約破談を大きく悔やむことになるだろう。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。