コラム

ブレイクスルーは本物か? QBプレスコットとカーが挑む“2年目”のジンクス

2017年07月29日(土) 08:15

ダラス・カウボーイズのダック・プレスコット【AP Photo/Matt Rourke】

“ワンイヤーワンダー(one-year wonder)”という言葉がある。わずか1年活躍しただけで消えてしまう選手のことだ。一発屋と言ってもいい。短期間の活躍は“まぐれ”と片付けられ、期待を一身に背負って好条件で更新された契約が逆に足かせとなる。NFL選手が最も通りたくない道程だ。

だが、残念ながらクオーターバック(QB)だけに絞ってもその例の枚挙にいとまがない。ロバート・グリフィン三世(2012年)、コリン・キャパニック(2012年)、ブレイク・ボートルズ(2015年)、タイロッド・テイラー(2015年)はいずれも将来のフランチャイズQBに固定されるかと期待される活躍を見せながらそれを継続することができなかった。

ボートルズ(ジャガーズ)とテイラー(ビルズ)は依然としてチームに残るが、グリフィン三世とキャパニックは現在所属チームが決まっていない。

NFLの世界ではコンスタントに高いレベルでプレーするのは極めて難しい。グリフィン三世のように故障で本来の力が発揮できないことも少なくないし、対策を講じられて長所を封じられる場合もある。ことに、オフェンスの重要なポジションであるQBはあらゆる角度から研究され、丸裸にされる。

QB自身の健康状態や能力の問題に加え、ワイドレシーバー(WR)やランニングバック(RB)といった味方のスキルポジションやオフェンスライン(OL)の戦力――いわゆる“サポーティングキャスト”――なども大きく左右する。いろんな要素が複雑に絡み合うからこそ、活躍し続けるのは難しいのだ。

昨年、大きなブレイクスルーを迎えたQBと言えば新人ながらカウボーイズをプレーオフに導いたダック・プレスコットと14年ぶりにポストシーズンを迎えたレイダースのデレック・カーだ。

スポーツの世界には“2年目のジンクス”と呼ばれる壁がある。カーについてはNFL歴が今季で4年目だから正確には当てはまらないが、ブレイク後のシーズンということで、プレスコットとともに2年目の壁について考えてみたい。

障壁となって立ちはだかる条件は自身の健康状態、チーム内のサポーティングキャスト、同地区ライバルを中心とした他チームの包囲網だ。

プレスコットは昨季全16試合に先発出場し、大きな故障もなくシーズンを終えた。レギュラーシーズン中はリードする楽な展開が多く、逆境の中でどうプレーできるかが懸念されたが、ディビジョナルプレーオフのパッカーズ戦では前半に大量リードされながら追い上げを見せたクオーターバッキングは新人離れしていた。

カウボーイズと言えばNFL最強と言われるOLが武器だ。5人がそのままプロボウルのユニットになってもおかしくない抜群の安定感があるメンバーはプレスコットにとって心強い。しかも、同じく新人ながらリーディングラッシャーとなったRBエゼキエル・エリオットもいる。この2つのユニットはこれ以上ないサポーティングキャストだ

レシーバー陣ではベテランタイトエンド(TE)ジェイソン・ウィッテン、WRデズ・ブライアント、テレンス・ウィリアムズがいるが、TEとWRであと一人ずつ駒が足りない。ウィッテンはさすがにピークを過ぎており、彼に代わる人材の台頭は不可欠だ。また、WRはブライアントに匹敵するディープスレッドの人材が必要だ。

現状ではブライアントがカバーされると手詰まりになる昨季の状態から大きな進歩がない。エリオットのラン頼みではパッカーズ戦のように一気に追い上げたい展開では不利だ。レシーバー陣ではTEブレイク・ジャーウィン、WRブライン・ブラウン、ノア・ブラウン、ランス・レノアらの新人が加入した。こうしたルーキーの中から昨年のプレスコットやエリオットのようなスターが現れれば、カウボーイズの22年ぶりのスーパーボウルも夢ではない。

ただ、カウボーイズを取り巻く環境は厳しい。同じNFC東地区のレッドスキンズ、ジャイアンツ、イーグルスはいずれもプレーオフに出場できるだけのポテンシャルを持つ。おそらくこのディビジョンは今季のNFLで最激戦区となるだろう。4チームで星のつぶし合いが起こるだけでなく、やはり競争の激しいAFC西地区との対戦もある。同カンファレンスではパッカーズ、シーホークス、カージナルズ、ファルコンズとの対戦も控えている。プレスコットには試練のシーズンとなるに違いない。

一方のカーは足の骨折からの復帰をかけたシーズンとなる。靭帯の損傷などは伝えられていないから、開幕はもちろん、キャンプから全力でプレーできるはずで、健康面での心配はないだろう。

カウボーイズと同じくOLは安定している。RBはラタビアス・マレーが抜けたものの、元シーホークスのマーション・リンチが現役復帰する。リンチがどれだけ走れるかは未知数だが、シーホークスでの全盛期時代の8割でも調子が戻ってくれば御の字だ。

レシーバー陣は強力だ。WRアマリ・クーパーとマイケル・クラブツリーに加え、運動能力の高いコーダレル・パターソンとキャッチ能力に優れるTEジャレッド・クックが入団した。肩の強いカーの“受け皿”は十分に用意されている。

ディビジョン内対戦ではチーフスとブロンコスといったディフェンスの強いチームとの直接対決が鍵を握る。スケジュール全体ではNFC東地区との対戦は厳しいが、それ以外は比較的楽なスケジュールであり、2年連続のプレーオフは狙いやすい。

“2年目”の期待度はNFL経験があり、比較的に対戦相手に恵まれているカーの方が大きい。プレスコットは1年しか実績がないため、どうしても不安材料が付きまとう。しかし、こうした新しいスターQBが定着してこそNFLの世代交代は推し進められる。二人には逆境をはねのける活躍を見せ、ワンイヤーワンダーの言葉など忘れさせてしまう成長を期待したい。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。