コラム

スティーラーズRBリビオン・ベルのホールドアウトは新時代の予兆か

2017年08月06日(日) 09:36

ピッツバーグ・スティーラーズのリビオン・ベル【AP Photo/Ed Zurga】

スティーラーズのランニングバック(RB)リビオン・ベルのホールドアウトが続いている。今季フリーエージェント(FA)となったベルは春にチームからフランチャイズ指名を受けた。この瞬間にベルはスティーラーズと優先とした契約交渉が義務付けられた。

ただし、このフランチャイズ指名には長期契約締結が成立するまでの期限日が設けられており、それが7月17日だった。期限であった、この日の午後4時(アメリカ東部時間)までに両者で折り合いがつかずに交渉は決裂。ベルはスティーラーズから提示されたフランチャイズ指名の1年契約で2017年シーズンを戦うことが決定的となった。

その直後にスティーラーズのトレーニングキャンプが始まったのだが、その場にベルの姿はない。ベルは依然としてスティーラーズの提示した契約書にサインをしていないので、キャンプの参加する義務はない。そればかりか、現行の労使協約(CBA)上は12月までチームに合流する義務もないのだ。12月を過ぎて契約が不成立の場合、ベルはFAとなる。

もっとも、ベルはキャンプのすべてを休むつもりはなく、開幕に備えるために必要最低限の練習時間を確保する時期にはチームに合流する意思があるようだ。

フランチャイズ契約ではポジションの年俸トップ5の平均か、前年度年俸の120%のどちらか高い方が新たなサラリーなる。ベルの場合は1,212万ドルで、昨年までのRBの最高年俸だったルショーン・マッコイ(ビルズ)の800万ドルを大きく上回る。年俸面でもベルはNFLトップクラスのRBと認定されたことになるのだ。

しかし、現実にホールドアウトを敢行しているのだから、ベルがこの数字に納得していないのは明らかだ。彼は何を不服としているのか。

複数の報道によればベルは「ポジションというくくりではなく、自分がどれだけの活躍をしたかで年俸額を決めてほしい」と述べているようだ。ベルはスティーラーズオフェンスで、クオーターバック(QB)ベン・ロスリスバーガーを除けばワイドレシーバー(WR)アントニオ・ブラウンに次ぐ生産性の高い、すなわち距離やタッチダウンを稼ぐことのできるプレーヤーだと認識している。

ベルは昨季1試合平均で157ヤードをランとパスキャッチで稼いだ。彼の生産性はランとパスの合計であり、その意味で彼は自分年俸をRBという物差しで測ってほしくないと主張するのだ。

ベルの言い分にも一理あるとは思うが、残念ながら現在のNFLではそのような年俸計算はしない。ポジションごとにある一定の年俸水準というものが存在し、それが年俸額決定の指針になっているのが現実だ。フランチャイズ指名やトランジッション指名の年俸規定もあくまでもポジションのトップ5またはトップ10の平均額が基準となる。

同様の議論は過去にもあった。レイブンズのテレル・サッグスのケースだ。サッグスは旧契約の満了に伴い、2014年にレイブンズと契約延長した。その際に問題になったのが彼のポジションの定義だ。

レイブンズは3-4と4-3の両隊形を併用する。パスラッシャーとしてのサッグスは3-4ならアウトサイドラインバッカー(OLB)として、4-3ならディフェンシブエンド(DE)としてプレーする。

年俸更改に際し、レイブンズはサッグスをOLBとみなして年俸額を算出した。一方のサッグスはDEの年俸を基準として要求したのだ。ポジションごとの平均年俸はOLBよりもDEの方が高い。このために交渉は難航した。

そこでレイブンズのジェネラルマネジャー(GM)を務めるオジー・ニューサムが苦肉の策として考え出したのが、“ハイブリッドLB/DE”という新たなカテゴリーを創出することだった。これによってLBやDEの前例に縛られない年俸基準が生み出され、なんとか契約更改にこぎつけたのだった。

ベルの主張はこの議論を再燃させるものだ。RBがパスキャッチをするプレーは年々増え、さらにパッカーズのタイ・モンゴメリーやランドール・コッブのようにRBとWRを兼任する選手も現れてきた。ディフェンスではコーナーバック(CB)とセーフティ(S)の垣根も低くなっている。

戦術が多様化するにつれポジションの区別があいまいになり、汎用性の高い選手が重用される傾向が生まれつつあるのが今のNFLだ。ポジションを兼任できる選手が増えればチームはそれだけ主力選手の故障欠場に対処することが可能になり、戦略上も有利になる。例えばSとLBをハイブリッドでプレーできる選手がいれば、3DL-2LB-6DBのパーソネル(人員構成)に見せかけておいて、その実は3DL-3LB-5DBや3DL-1LB-7DBでプレーすることが可能なのだ。LBやDBの数によってランに強い、パスカバーが厚いという差が生まれ、それがディフェンスに有利をもたらす。

こうしたトレンドが広まればハイブリッドポジションの需要が高まり、年俸による選手の評価も多様化せざるを得ない。ベルの主張はNFLの将来の姿に向けて示唆に富んだものだ。彼のホールドアウトは今後のNFLの選手評価の在り方に一石を投じるものとなるかもしれない。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。