コラム

国歌斉唱に新ルール適用、事実上の抗議活動封鎖

2018年05月24日(木) 08:57

国歌斉唱中に起立せず批判を浴びたコリン・キャパニック【AP Foto/Chris Carlson】

現在アトランタで行われている春恒例のNFLミーティングで、懸案材料の一つだった“国歌斉唱問題”に新たなルールが設けられることになった。しかし、これは選手による抗議活動の事実上の禁止に近い内容であり、この決定に選手の意向が反映されていないため、物議をかもしそうだ。

新ルールでは試合前のセレモニーでアメリカ国歌が斉唱される際、選手、コーチおよびチーム関係者は全員がサイドラインに立つことが要求される。ただし、チームがそれを望まない場合には国歌斉唱終了までロッカールームにとどまることが認められる。

サイドラインに立つかロッカールームにとどまるかはチームに決定権が委ねられる。1人でもチームで決定したポリシーに従わなかった場合はチームがNFLから罰金を受けることになる。また、チームがポリシー違反を犯した選手に個別に罰金を科すことができる。

これによって選手、コーチ、関係者がサイドラインで片膝を付き、抗議の意志を示すことが封じられた。依然としてロッカールームにとどまることで抗議の意志を示すことは可能だが、その姿は観客席のファンには見えない。つまり、抗議の意味がなくなるのだ。

2016年にコリン・キャパニックの自発的な行為で一気に広まった抗議活動は昨年もとどまるところを知らなかった。NFLは個人の意志を尊重する方針の下、こうした活動を規制する動きは見せていなかった。

それが昨年、トランプ大統領がこれを公然と批判したことで大きな騒動に発展。世論も抗議支持派と否定派に分かれ、国歌斉唱の際にブーイングまで飛び交う有り様となった。

昨年秋のNFLミーティングではリーグが積極的に介入することはなく、つまり、国歌斉唱時の抗議活動の是非をリーグが決めないことを確認したが、この春に新たなルールを制定することで態度を180度翻したことになる。

NFLはこの決定に「投票したオーナーの全員が賛成した」と胸を張るがルール制定プロセスに疑問を抱いた49ersのジェッド・ヨークオーナーは投票そのものを拒んだとされる。

問題なのは抗議活動の中心となる選手側の意向が全く反映されていないことだ。ヨークオーナーが最も懸念したのもこの点にある。各球団オーナーは自チームの選手の意向を聞く機会はなかったし、NFLは選手の代表機関であるNFL選手会(NFLPA)に事前の相談をしていない。ロジャー・グッデルNFLコミッショナーはNFLPAと話し合いを持つと述べているが、議決権こそ持たないものの意見すら聴取されなかったNFLPA側の不満は大きいだろう。今後、物議をかもしそうだ。

さらに、端から見るとNFLがトランプ大統領の権力に屈した印象も持たれる。当初、「抗議活動は個々の選手の自由意志から発露するものであり、それをリーグは妨げない」とした高潔な宣言はどうなったのか。

32チームがこの新ルールの下でどのようなポリシーを定めるかは興味がある。カウボーイズやペイトリオッツはフィールド上での整列を選択するだろう。スティーラーズは昨年の例から考えるとロッカールームにとどまるかもしれない。

繰り返しになるがこの決定はチームに権限があるため、試合前のセレモニーで対戦する2チームがいずれもフィールド上に現れない可能性もあるのだ。そんな国歌斉唱を見て、トランプ大統領はどう思うだろうか。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。