コラム

変節よりも高潔なる鷲であれ - イーグルスの重い決断

2018年06月11日(月) 01:37

フィラデルフィア・イーグルスのネルソン・アゴラー【AP Photo/Julio Cortez】

毎年恒例のホワイトハウスでのスーパーボウル祝賀会が中止となった。国歌斉唱の際の抗議活動に対するトランプ大統領とイーグルスの見解の違いが招いたものだ。

トランプ大統領は6月4日の声明で、5日に予定されていたホワイトハウスでの祝賀会にイーグルスのごく一部の選手、スタッフしか参加を表明していないことを明らかにし、招待そのものを取り消すことを発表した。トランプ大統領は1,000人に及ぶ一般客はそのまま招待されるとしたうえで、「パーティーは違った意味のものになるだろう。すなわち、アメリカ国歌とそれを守るために戦う兵士たちを敬い、誇りを持って高らかに国歌を歌うためのものだ」と暗にイーグルスを非難した。

チーム史上初のスーパーボウル制覇を達成したイーグルスではセーフティ(S)マルコム・ジェンキンズやディフェンシブエンド(DE)クリス・ロング、ワイドレシーバー(WR)トーリー・スミス(退団済み)が早くから不参加を表明していた。彼らはいずれも、国歌斉唱の際に起立を求めるトランプ大統領に不快感を示している。

NFLは春のオーナー会議で国歌斉唱の際のガイドラインを制定したばかりだ。新規則ではチームはフィールド上では国歌斉唱の際に起立することが義務付けられる。ただし、フィールドには出ずにロッカールームでセレモニー終了を待つことも容認される。

これを受けての初の祝賀会だったためにイーグルスの対応が注目されていた。ジェフリー・ルーリー球団オーナーは反トランプ派の選手に配慮して、チームとしてワシントンDC入りはするものの、祝賀会には10人未満の選手、スタッフのみを派遣することに決めた。この中にはスーパーボウルMVPのクオーターバック(QB)ニック・フォールズも含まれていた。他の選手らはワシントンDCでの地域活動か観光をする予定だった。

しかし、参加人数が少ないことに腹を立てたトランプ大統領が祝賀会そのものをキャンセルしてしまった。ホワイトハウスでのスーパーボウルリング授与のシーンは見られないことになる。

トランプ大統領は国歌斉唱の際の抗議活動を「国歌が象徴するアメリカ国民と国家、それを命がけで守ろうとする軍役従事者に対して不敬である」と断じるが、抗議活動をする選手は自分たちの行動が不敬と受け取られ得ることは百も承知なのだ。そういう行為をあえてやってまで訴えたいことがあるという事実にトランプ大統領は目を向けようとしない。

問題の本質はアメリカに根強く残る人種差別への抗議と問題提起なのだ。建国以来、アメリカにはびこる巨大な闇だと言っていい。ところが反人種差別思想はトランプ大統領が掲げる「アメリカ第一」、「強いアメリカの復活」という理念と必ずしも合致しない。そこには排他的な民族思想があるからだ。

今回、イーグルスは選手の意思を尊重し、選手の側に立った決断を下した。ある意味、これはホワイトハウスの権威への挑戦でもある。大統領にたてついてでも選手個々の意思を尊重した姿勢には拍手を送りたい。

鷲は高潔を貴ぶアメリカ市民の象徴であるとされる。独立宣言が発布されたフィラデルフィアのフットボールチームがイーグルスを名乗るのはそういった意味がある。イーグルスの英断はまさに高潔そのものだった。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。