コラム

QBフレンドリーなパスコース、クロッシングルートの破壊力

2018年09月06日(木) 22:45

ロサンゼルス・チャージャーズのカーデール・ジョーンズ【AP Photo/Tony Avelar】

2018年が開幕を迎える。開幕カードはスーパーボウル王者のイーグルスと前年NFCチャンピオンであるファルコンズの好カードだ。攻守ともにバランスのとれた両チームの対戦だけに、終盤までもつれるシーソーゲームが期待できそうだ。

来年2月3日に予定される第53回スーパーボウル(舞台はアトランタのメルセデス・ベンツス・タジアム)まで、いくつものドラマが生まれることだろう。とても楽しみだ。

さて、プレシーズンゲームを見ていて感じたことだが、オフェンスでレシーバーがフィールドを横切るパスルート“クロッシングルート”を採用するチームが増えた。クロッシングルートそのものは新しいものではなく、今さら新たなトレンドとして位置づけるものでもない。しかし、ペイトリオッツはもちろん、ファルコンズやスティーラーズなどがクロッシングルートによってビッグプレーを生み出してきたことからレッドスキンズやチャージャーズなども積極的に取り入れるようになった。

クロッシングルートとはフォーメーションの片側から逆サイドに向けてフィールドを横切るパスルートの総称だ。浅いゾーンでラテラルに横切るシャロークロスや徐々に奥行きを広げていくコース、両側からレシーバーが交差するパターンなどバリエーションも豊富だ。このクロッシングルートはなぜここまで広がったのか。

最大の理由は簡単に導入できて、しかもその効果が幾重にも広がるからだ。これはかつて1990年代後半から2000年代にかけて“タンパ2ディフェンス”が一気にNFLで広がった流れに似ている。タンパ2とはそれこそタンパベイ・バッカニアーズのヘッドコーチ(HC)だったトニー・ダンジーが、ふたりのセーフティ(S)がフィールドの最奥を守るカバー2ディフェンスの弱点とされたディープミドルをミドルラインバッカー(MLB)のパスカバーによって補うというスキームだ。

パスラッシャーやコーナーバック(CB)のフィジカルに特に要求される条件がなかったことから一気に採用するチームが増えた。クロッシングルートも同様だ。

かつてはフィールドを横切るパスパターンで多用されるレシーバーといえばフィジカル的に競り合いに強いタイトエンド(TE)か素早く動けてパスキャッチもうまいスロットレシーバーだった。クロッシングルートはLBやSなどが密集するフィールドを横切るものだったからだ。

しかし、スプレッドフォーメーションの採用によってオフェンスもディフェンスもフィールドを横に広く使うようになった。その結果、ディフェンダー同士の距離が広がり、フィールド中央から密集地が消えたのだ。

クロッシングルートを走るレシーバーはオープンフィールドでパスキャッチすることが可能となった。ディフェンダーが近くにいないからランアフターキャッチで距離も稼げることになり、ショートパスがビッグプレーに結びつくことも珍しくない。

フィールドを横切るパスパターンはディフェンスにとって守りにくい。ゾーンディフェンスなら担当エリアの受け渡しが難しいし、マンカバーなら体格(TE対CB)やスピード(WR対LB)でミスマッチが生まれやすいからだ。

フォーメーションでもっとも外側にラインアップするレシーバーをワイドアウトと呼ぶが、これはワイドレシーバー(WR)が務めるのが2000代初めまでの常識だった。ところが今ではTEやランニングバック(RB)もそのポジションで起用される。これがディフェンダーとのミスマッチを生み、クロッシングルートを効果的にしている。

クロッシングルートはまたクオーターバック(QB)にとって投げやすい、すなわちQBフレンドリーなパスコースでもある。なぜなら、フォーメーションの中央に位置するQBにとって大外から内側へ走ってくるレシーバーは距離がどんどん近くなるからだ。

QBにとって投げやすいのはレシーバーとの距離が縮むものだ。逆に距離が広がっていくアウトパターンのパスは難しい。

しかも、スプレッドフォーメーションの普及によってレシーバーはフィールド中央でもワイドオープンになりやすくなった。ダンプオフ(セーフティバルブへのパス)としても使えるルートで、しかも前述の理由でそれがビッグプレーに結びつく可能性がある。

ワイドアウトのフェイドパターンとスロットポジションからのクロッシングルートの組み合わせも効果的だ。Sはワイドアウトのレシーバーの動きに合わせてディープゾーンに下がらざるを得ないから、クロッシングルートに対応できない。CBのマンカバーかLBのゾーンでレシーバーをカバーしなければならす、ミスマッチが生まれやすい。

さらにマンカバーのディフェンス同士を交錯させるピックルートなどを組み合わせればパスコースの幅はより広がるのだ。

ディフェンスの対策としてはSを増やすことが有効だ。RBやTEへの対応に慣れているからだ。そのため、ディフェンシブバック(DB)を増やすニッケルやダイムディフェンスではCBよりもSの数を増やすチームが増えてきている。これはクロッシングルートへの対策の意味もあると考えられる。

今季は多くの試合でクロッシングルートからのビッグプレーが見られると予想する。その時、なぜそのビッグプレーが生まれたかを考察するのも面白い。また、クロッシングルートを少ないゲインで抑えることができるディフェンスが登場すれば、その特徴を観察するのも一興だ。今季の楽しみ方の参考にしてもらえれば幸いだ。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。