コラム

退団決意のアントニオ・ブラウンとスティーラーズの皮算用

2019年02月18日(月) 06:11

ピッツバーグ・スティーラーズのアントニオ・ブラウン【AP Photo/Butch Dill】

ついにアントニオ・ブラウンがスティーラーズにトレードによる放出を要求したようだ。公式か非公式かは定かではないが、プレーコールに対する意見の相違に端を発した確執はエースワイドレシーバーの退団という最悪の形になることが濃厚だ。

ブラウンはすでに自分のインスタグラムでピッツバーグファンに対し、在籍9年間への感謝を述べるとともに別れの言葉を投稿した。手続き上は何ひとつ進展していないが、水面下ではブラウン退団に向けた下準備が静かに進行しているもようだ。

スティーラーズは元来、こうした人事の動きは鈍い。フリーエージェント(FA)による補強には積極的ではないし、シーズン中はどんな人事交渉もしないというのは長年の伝統だ。

今回も表向きはブラウンの言動に対して無反応なのは現在が新旧リーグイヤーの転換期であり、トレードやFA移籍が認められない時期であるのが大きな理由だ。ただ、ブラウン放出に伴う経済的な打撃が大きいのも看過できない要因である。

ブラウンは2017年に総額6,800万ドルの5年契約で契約延長したばかりで、現在も契約下にある。問題となるのは、ブラウンの契約ボーナスを含む年間サラリーによって決まるサラリーキャップ額だ。

NFLでは年間ごとの総年俸額上限が決められており、全選手のサラリーはその額に応じてサラリーキャップに反映すべき額が定められる。これをキャップナンバーとかキャップバリューと呼ぶ。キャップナンバー(バリュー)の総額が上限を超えてはならない。ただし、キャップ額と実際にチームがその年に払う金額は同じではない。キャップ額はサラリー額によって決められるひとつの指数と考えたほうがいい。

さて、ブラウンの場合2019年もチームに在籍したと考えるとそのキャップナンバーは約2,216万ドルだとされる。決して低い数字ではないが、オールプロ級のWRが活躍することを考えれば納得できない額ではない。

では、ブラウンを放出すればこれがゼロになるかと言えばそうではない。先に述べたようにキャップナンバーは実際の支払金額ではない。ブラウンを放出した場合でも、減額はされるがキャップナンバーは残る。選手がすでに退団したにもかかわらず、チームに影響を与え続けるこのキャップナンバーは“デッドマネー”と言われる。2019年6月1日以前にブラウンが退団した場合、それがトレードであるか解雇であるかにかかわらず彼のデッドマネーは約2,112万ドルだ。

つまり、ブラウンが退団した場合でもスティーラーズはブラウンのデッドマネー分だけ、ほかの選手にサラリーを払うことができないのだ。6月2日以降にブラウンを解雇した場合のみ、スティーラーズはこのデッドマネーを今年と来年の2回に分割することができる(トレードでは分割は不可)。

こうするとスティーラーズが大損をする計算になるのだが、放出すれば契約の残り年数の年俸を払う必要がなくなる。その額は残り2年で約2,640万ドル、5年目のオプションを行使したと仮定すると約3,800万ドルの額を節約できる。これはキャップナンバーではなく、実際のキャッシュ額である。これもまた大きな額だ。

大きなデッドマネーを被っても節約できる年俸分で複数の選手と契約できる計算になるから、ブラウン放出は必ずしもスティーラーズにとってマイナス要因ばかりではない。

とはいえ、解雇するよりは見返りのあるトレードが望ましいとスティーラーズは考えているようだ。だが、これは難しいと言わざるを得ない。何よりもブラウンの年俸が高い。そして、おそらく彼ほどのWRならドラフト2巡指名権以上は要求される。さすがに1巡指名権とはいかないまでも、2巡と中位ラウンドの指名権の抱き合わせなどが必要となるだろう。

新たなリーグイヤーは3月13日に始まる。スティーラーズはブラウンをトレードするならこの日から5日以内に交渉を成立させたい。なぜなら、新リーグイヤー開始から5日を経過するとロースター登録ボーナスが発生し、ブラウンに250万ドルを支払う必要が出てくるからだ。この辺りもブラウン獲得を希望する球団との交渉の大きなファクターになりそうだ。

今年のスティーラーズはブラウンに加え、ランニングバック(RB)リビオン・ベルも退団することになるだろう。2年前にオフェンスを支えた“キラーB――ブラウン、ベル、QBベン・ロスリスバーガー“のうち2人が欠けるのだ。2018年は5年ぶりにプレーオフを逃したスティーラーズ。このオフには大きな試練が待ち受けている。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。