コラム

ディフェンススキームを変えさせたTEグロンコウスキー

2019年04月01日(月) 06:10


ニューイングランド・ペイトリオッツのロブ・グロンコウスキー【AP Photo/Charlie Riedel】

トム・ブレイディと並ぶペイトリオッツオフェンスの顔であるタイトエンド(TE)ロブ・グロンコウスキーが自身のインスタグラムでNFLからの引退を発表した。具体的な理由は明らかにしていないが、首や膝に長期間にわたる故障を抱える肉体が限界を迎えたとみられる。

プレーメーカーとしてのTEというポジションを確立し、ハイブリッドレシーバーの象徴的存在だった。

オフェンス、ディフェンスに限らずスキームの中心になるプレーメーカーは多く存在する。チームの中で能力の高い選手を核において戦術を立てるのは常識だ。もちろん、グロンコウスキーもそんな選手の一人だった。しかし、彼が数あるプレーメーカーの中でも傑出していたのは、NFLのディフェンススキームの変化に大きな影響を与えた一人である点だ。

2000年代に入ってペイトン・マニング、ブレイディ、ドリュー・ブリーズ、アーロン・ロジャースといった好パサーが台頭すると、NFLはかつてない「パスハッピーリーグ」となった。ほぼすべてのチームでパスの比率がラン使用率を大きく上回り、パス成功率は60%が当たり前の時代となった。

ディフェンシブバック(DB)の人数を増やしてパスに対抗するニッケル、ダイムディフェンスはサブパッケージからベースディフェンスとなり、ニッケルコーナーバック(CB)の価値も上がってきた。現在ではニッケルCBは控えではなく、堂々のスターター扱いだ。

ところが、グロンコウスキーのようにTEでありながらスピードのあるワイドレシーバー(WR)と同じパスコースを走り、当たり前のようにディープゾーンを攻めることのできるレシーバーが現れるとフィジカル面で不利なCBでは対応が難しくなった。かつてはスピードでTEに勝っていたはずのCBがそのアドバンテージを失い、むしろ体格面のミスマッチに苦しむようになったのだ。

そこで多くのディフェンスはグロンコウスキータイプのTEに対抗する人材をセーフティ(S)に求めた。もともとマンツーマンではSはTEやランニングバック(RB)をカバーする役割を与えられるが、従来よりもより広いエリア、それもディープゾーンをSが担当するようになったのだ。そのためSにCBに匹敵するスピードが不可欠となった。ちょうどTEにWR並みのスピードが求められたように。

以前にもこのコラムで触れたが現在のディフェンスはSの人材確保を重視する。恵まれた体格を持ち、さらにスピードもある人材はどのチームも欲しがるし、またそういう選手を得たチームはディフェンスが強くなる。最近ではニッケルやダイムパッケージでCBではなくSを増員するチームも少なくない。3人のSが同時にフィールドにいるディフェンスはもはや珍しくないのだ。

これはディフェンシブタックル(DT)とディフェンシブエンド(DE)、ラインバッカー(LB)とS、SとCBの間で進むディフェンスポジションのハイブリッド化の一環だ。オフェンスがRBやTEへのパスを増やし、WRのランも多用するようになったことに対抗するため、ディフェンスにもかつてのプロトタイプな役割だけでなく、多様性が必要となった。そのきっかけとなった一人がグロンコウスキーだった。

グロンコウスキーは一人でオフェンシブライン(OL/ブロッキング)、TE(ショートゾーン、密集地でのパスキャッチ)、WR(ディープゾーン)の三役をこなす。ペイトリオッツはランニングダウン(ランプレーを使い場面)でもパスのシチュエーションでもパーソネルの入れ替えをする必要がない。グロンコウスキーのラインアップする位置を変えるだけでいいのだ。

これがブレイディのオーディブルやノーハドルオフェンスを可能にした。グロンコウスキーを従来のHバック(ウイング)の位置からFL(WR)に移動させるだけでオフェンスはフィールドのインサイドとアウトサイドの攻撃パターンを入れ替えることができる。ディフェンスがゾーンを使用していれば、アウトサイドはグロンコウスキー対CBというマッチアップになり、ペイトリオッツに有利なミスマッチが生まれるのだ。

こうしたマルチタイプの選手に対抗するためにディフェンスはSの増員やポジションのハイブリッド化を余儀なくされた。グロンコウスキーがディフェンスの常識を変えたのである。

スーパーボウル制覇3回を誇るグロンコウスキーが歴代最高のTEが否かという議論はさておき、彼が過去10年間でディフェンスにまで影響を与えたNFLを代表するレシーバーの一人であったことは間違いない。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。