コラム

未体験ゾーンへ、カーディナルスHCクリフ・キングスベリーの挑戦

2019年07月15日(月) 05:19


クリフ・キングズベリー【AP Photo/Brad Tollefson, File】

昨シーズン、NFLワーストの成績(3勝13敗)に終わったカーディナルスが、わずか1年で解任されたスティーブ・ウィルキスに代えてテキサス工科大学の元ヘッドコーチ(HC)クリフ・キングスベリーを新たな指揮官として迎えることになった。

39歳のキングスベリー雇用は、若く新進気鋭な指導者をHCにあてようとする昨今のNFLの傾向に沿ったものだ。ただし、大きな懸念がひとつある。それはアシスタントコーチを含め、キングスベリーにNFLでの指導経験のないことだ。

ただでさえ近年のNFLではカレッジから転身するHCの成功例は少ない。スプレッドフォーメーションやテンポアップなオフェンスなどカレッジからNFLに導入されるシステムやプレーは多くなる一方だが、依然としてスキームレベルには格段の差がある。そのギャップを埋めるのはNFL経験の浅いコーチには難しい。

過去10年ほどマイク・ウィーゼンハントやブルース・エリアンズといったNFLでのコーチ歴の長い人材をHCに迎えてプレーオフ出場を果たしてきたカーディナルスにとっては異例のカレッジ界からの人材登用だ。その背景にはキングスベリーのもとから多くの有能なクオーターバック(QB)が輩出されていることがある。

キングスベリーはテキサス工科大学やテキサス農工大学でオフェンスの指揮を執ってきた経験があるが、それらのフットボールチームからはケース・キーナム、パトリック・マホームズ、ジョニー・マンジール、ベイカー・メイフィールドらが育っているのだ。そして、昨年まで指揮を執っていたテキサス工科大学はハイスコアリングオフェンスで知られた。

マイケル・ビドウェル球団社長はカーディナルス復活のカギはオフェンスのテコ入れにあると考えたようだ。そこでQB育成の実績があるキングスベリーに再建を託したのだ。

カーディナルスは今年のドラフトで全体1位指名権を持っており、昨年ジョシュ・ローゼンを指名したばかりであるにもかかわらずオクラホマ大学のカイラー・マレーにその指名権を行使した。これだけの思い切ったドラフト戦略が許されるのもカーディナルスがキングスベリーに大きな信頼と期待を寄せている証拠だ。

しかし、実績を見るとキングスベリーはHCとして成功したとは言い難い。テキサス工科大学での成績は35勝40敗だ。強力なオフェンスが必ずしも勝利には結びつかなかった。そして、彼が挑むのは未体験のNFLフットボールだ。プレイレベルが高いだけでなく、シーズンも長く、ディビジョンライバルとは複数回対戦する。故障者への対応や契約問題など対処しなければいけない課題はカレッジの比ではない。

敢えてこうした難しい挑戦を選んだからにはキングスベリーにも勝算があるのだろう。しかし、同じディビジョンにNFCチャンピオンのラムズ、急速な世代交代に成功したシーホークスといった強豪がひしめく。前途は多難だ。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。