コラム

究極のクロックマネジメント、セインツが演じた37秒のドラマ

2019年09月15日(日) 10:52

ニューオーリンズ・セインツのウィル・ルッツ【AP Photo/Butch Dill】

開幕週のマンデーナイトフットボールは恒例のダブルヘッダーで行われたが、その1試合目のテキサンズ対セインツ戦は早くも今季のベストゲームのひとつに数えられるほどの好勝負となった。

スローペースで始まった試合は第2クオーターに2タッチダウンをあげたテキサンズがリードする展開だったが、後半にセインツが猛追を見せて最終クオーターだけで二転三転するスリリングなゲームとなる。

第4クオーター早々にセインツのワイドレシーバー(WR)トレクワン・スミスがクオーターバック(QB)ドリュー・ブリーズから14ヤードのタッチダウンパスを受けて24対21とする。この試合でセインツがリードするのはこれが初めてであった。

そのまま、こう着状態が続くも、残り50秒でセインツがフィールドゴールで加点して点差を6に広げる。この時点で残り時間は50秒。オフェンスシリーズを迎えたテキサンズにタイムアウトは残されていなかった。

ここでテキサンズが見せ場を作る。キックオフがタッチバックとなった後、QBデショーン・ワトソンがサイドライン際を走るWRデアンドレ・ホプキンスへ38ヤードのパスを成功させる。ホプキンスは見事なオーバーショルダーのパスキャッチを見せただけでなく、アウトオブバウンズに出て時計を止める。残り時間は43秒だ。

続くプレーで今度はワトソンがフィールド中央めがけて綺麗な放物線のパスを放つ。それをWRケニー・スティルがエンドゾーンでキャッチ。たった2プレーで75ヤードのタッチダウンドライブが完結し、あっという間に同点となった。

エキストラポイントのキックは外れるが、セインツ側にラフィング・ザ・キッカーの反則があって蹴り直し。2度目のトライは成功して土壇場でテキサンズが28対27と逆転に成功したのだった。

ただし、試合時間は37秒を残していた。ブリーズのパス能力とフィールドゴールで逆転できる点差を考えれば十分な時間だと言える。しかし、理論の上で逆転が十分に可能な状況とそれを実行できる力がいつも両立するわけではない。QBサック、ターンオーバー、反則などさまざまな要素で可能が不可能になる例はいくらでもある。

その点、ブリーズとセインツは見事だった。タッチバック後、セインツがオフェンスを開始したのは自陣の25ヤードだ。残されたタイムアウトは1回。これはキッキングチームをフィールドに入れるためにとっておきたい。

セインツの第1プレーはブリーズからWRテッド・ギンへの15ヤードのパス。インバウンドのプレーのため時計が流れ、次のファーストダウンはスパイクを行う。この時点でセインツのボールは自陣の40ヤード上。残り時間は20秒だ。続くセカンドダウンでセインツからWRマイケル・トーマスへの11ヤードのパスが通り、再びボールをスパイク。残り6秒となったところでセインツは敵陣49ヤードまで進んでいた。

キッカー(K)ウィル・ルッツのキャリア最長のフィールドゴールは56ヤードだから、まだ蹴るわけにはいかない。しかし、6秒という時間は1プレーで使い切ってしまう可能性もある。セインツが選択したのはブリーズのショートパスだった。そのパスを受けたギンはランアフターキャッチをせずにそのまま自らダウン。ディフェンダーからタッチされてプレーが終了し、即座にタイムアウトをコールしたときの残り時間は2秒だった。

第1クオーターに56ヤードのアテンプトを失敗しているルッツだったが、自己ベストを2ヤード更新する決勝フィールドゴールをゴールポストのど真ん中に決めて劇的勝利をものにした。

セインツの正確なパスとオフェンスの一致団結したクロックマネジメントはさすがだった。特に最後のパスを受けたギンの判断が光る。欲を出して少しでも前進しようとすれば、ディフェンダーに抱えられたままタイムアップを迎えていただろう。

翻って見るとテキサンズが前のドライブで、たった2プレーでタッチダウンをとったために時間を残し過ぎてしまったことが悔やまれる。ホプキンスのパスキャッチの後にショートゲインをするプレーでも挟んでおけば状況は違っただろう。

とは言え、6点差を追い、タイムアウトも残っていない状況でそうしたクロックコントロールをできるチームはそう多くはない。そこがブリーズとワトソンの差、セインツとテキサンズの経験値の違いと言ってしまえばそれまでだが、そこには簡単には埋めることのできないギャップが厳然として存在する。

この勝利でセインツは勢いに乗るし、敗れたテキサンズとワトソンもまた大きな教訓を得ただろう。とても密度の濃い37秒のドラマだった。

いけざわ・ひろし

生沢 浩
1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。