ロスリスバーガーを失ったスティーラーズの不可解な補強
2019年09月21日(土) 04:58クオーターバック(QB)ベン・ロスリスバーガーを右ひじの故障で失ったスティーラーズが異例の補強に打って出た。いや、その違和感は「不可解」と言っても言い過ぎではない。
ロスリスバーガーが右ひじ修復手術を受けるために今季絶望となることを発表した日、スティーラーズはドルフィンズからディフェンシブバック(DB)ミンカー・フィッツパトリックをトレードで獲得した。これがいかにもスティーラーズに似つかわしくない補強なのだ。
従来、スティーラーズはシーズン中にはトレードやフリーエージェント(FA)による補強にほとんど手を出さない。シーズン中はチーム内から補強することをチームの不文律としてきたのだ。どんなに主力選手が故障しようとも、そのフィロソフィーは守られてきた。そこにきてフィッツパトリックの獲得だ。しかも、来年のドラフト1巡指名権と交換である(そのほか来年の5巡指名権と再来年の6巡指名権をドルフィンズに譲渡し、来年の4巡指名権を譲り受けた)。
現在のスティーラーズはセーフティ(S)ショーン・デイビスが故障中で2カ月ほどの戦列離脱が見込まれる。コーナーバック、セーフティ、ラインバッカーなど複数のポジションをこなすフィッツパトリックはデイビスに代わって先発Sを務めるものと考えられている。
そもそもフィッツパトリックは1巡指名権に見合う人材なのか。フィッツパトリックは昨年のドラフト1巡目全体11位指名でドルフィンズに入団した。実はスティーラーズも彼の指名を考慮していたが、保有していた指名権が28番目と遅かったことから実現しなかった。
フィッツパトリックは昨年、2つのインターセプトを記録している。今季から新ヘッドコーチ(HC)に就任したブライアン・フローレスのドラスティックな選手の入れ替えと自身の起用法に不満があり、トレードを希望していた。こうした「不満分子」をチームに招き入れるということもかつてのスティーラーズにはなかったことだ。前オーナーの故ダン・ルーニー氏は所属選手にも人格を求め、チームへの忠誠心を重視した。フィッツパトリックはその方針にそぐわない。
貴重な1巡指名権をすでに失ってしまったことも問題だ。ロスリスバーガーは来季の復帰を明言し、彼自身の契約も2023年まで有効だ。しかし、メスを入れたのが利き腕の肘であることや彼の選手生命がすでに晩年に差し掛かっていることを考慮すれば、来年のドラフトでのQB指名も視野に入れておくべきではなかったか。
幸いにロスリスバーガーに代わって先発を務めることになる2年目のメイソン・ルドルフは第2週のシーホークス戦がNFLでの公式戦デビューであったにもかかわらず落ち着きのあるクオーターバッキングで評価をあげた。しかし、今後の長いシーズンで彼がチームを勝たせるQBに成長するかどうかは未知数だ。ましてや一度解雇されて再入団したデルビン・ホッジスや急きょ練習生(プラクティススクワッド)で契約したパクストン・リンチ(元ブロンコス)がスティーラーズを支えるフランチャイズQBになるはずもない。
必ずしもQB指名に行使する必要はないが、1巡指名権は簡単に手放すべきではなかったろう。
スティーラーズは昨年5年ぶりにプレーオフを逃した。すぐにチームを復活させたいというマイク・トムリンHCら首脳陣の思惑もあるのかもしれないが、現在のスティーラーズはワイドレシーバー(WR)ジュジュ・スミスシュースター、ランニングバック(RB)ジェイムス・コナー、ジェイレン・サミュエルズ、ラインバッカー(LB)デビン・ブッシュらに代表されるように若いチームだ。ここは焦らずに将来の戦力を育成するくらいの長期的視野があってもいい。
もっとも、トムリンはこのオフに契約延長を受けたが、それもわずか1年、2021年には満期を迎える。さらなる延長にはすぐさま結果を残したい。ただし、それでは育成は後回しにされる。現在のスティーラーズの場当たり的な補強は首脳陣の焦りの表れかもしれない。
いけざわ・ひろし
- 生沢 浩
- 1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。