故障者続出の2016年、練習方法や食事法など進む研究
2016年10月27日(木) 11:52NFLの試合放送で故障者の情報は不可欠だ。特に主力選手の欠場などは試合前に伝えてその影響について予想するのが実況・解説の務めだと考えている。ただし、今季は故障者の数が多く、限られた時間内では十分に伝えきれないというのも実情だ。
例えば第7週にベアーズと対戦したパッカーズはディフェンシブバック(DB)陣に故障者が続出する苦しい状況だった。コーナーバック(CB)サム・シールズは開幕戦で患った脳しんとうが癒えずについに交渉者リスト(IR)入りし、クインテン・ロリンズとダマリアス・ランドールは共に鼠径部(そけいぶ)のケガで欠場した。また、ランニングバック(RB)エディ・レイシーも足首の捻挫でIR入りした。
パッカーズに限らず、今年は故障者が多い。開幕クオーターバック(QB)が故障欠場したチームはすでに7チームにも及ぶ。実は今年に限らず、この数年はシーズン中の故障者が増える傾向にある。
脳しんとうが多くなったのは診断基準が厳しくなったからだ。かつてなら試合に強行出場できていた場合でも、現行ルールでは複数の医師による診断が必要となって戦列復帰へのハードルが高くなった。
その一方で関節の捻挫、筋肉損傷などの負傷も増加傾向にある。
筆者はこの理由が2011年に更新された労使協約(CBA)にあるのではないかと考えてきた。
2011年は前CBAが失効する年で、本来ならばその1年前に新たな協約が結ばれていなければならなかった。しかし、NFLと選手会(NFLPA)で折り合いがつかず、新たな協約が結ばれないままに2011年を迎えてロックアウトになったことは記憶に新しい。
開幕を目前にして何とか新たなCBAが結ばれたが、シーズン前に締結にこだわったためかリーグ側から見ればかなり選手側に配慮した内容となった。そのひとつが練習量の軽減である。
新CBAではトレーニングキャンプ中のコンタクトを伴う練習は1日1回まで、3時間以内と定められた。
それだけではなく、レギュラーシーズン中のコンタクト練習も年間で最大14回まで。最初の11週は週1回を上限に最大11回までと制限されたのだ。前CBA下ではキャンプ中に午前午後の両方でコンタクト練習をすることは普通だったし、シーズン中でもコーチが必要と判断すればコンタクト練習を複数回行っていた。
例えば、1998年、ブロンコスはディフェンスのミスタックルに悩んでいた。そこで当時のマイク・シャナハンはシーズン中にフルパッドでのタックル練習を取り入れ、テクニックを向上させた。その年にブロンコスはスーパーボウル連覇を果たしたのである。
フルコンタクトの練習が極端に減ったことが故障の続出につながっているのではないかと筆者は思う。正確に統計をとったわけではないので簡単には結論付けられないが、現行CBA が施行されてから選手の故障が増えた印象がある。
フットボール選手の体はウェイトトレーニングだけでできるわけではない。実際のコンタクトによって鍛えられ、いわゆる“フットボールシェイプ(フットボールをするのに適した体)”が出来上がる。
NFLにまで到達する選手は常人以上の身体能力と強靭さを持つことは言うまでもない。しかし、そうした選手が年間に数えるだけのコンタクト練習だけでフットボールシェイプを保つことができるのかは疑問だ。試合でぶつかる相手も常人以上のスピードと体格を持った選手なのだ。フルコンタクトに慣れていない体が悲鳴をあげるのも無理はない。
こうした考えはヘッドコーチ(HC)の中にも広まっているようで、ピート・キャロル(シーホークス)やマイク・マッカーシー(パッカーズ)などは現行CBAが故障の増加を招いているとの持論を展開する。
その一方で、ベン・ロスリスバーガーのようにフルコンタクトを少なくしたことで選手のコンディションが向上したと主張する選手もいる。どちらが真相なのかは今後、NFLが調査を進めることになるだろう。
ロジャー・グッデルNFLコミッショナーも次のCBA交渉には練習量が再び議論の的になるだろうと述べている。ただし、次のCBAが更新されるのは4年後のことだ。それまでは現行のシステムが維持される。
だからといって故障者が続出する状況を、指をくわえてみているほどNFLは甘くない。現行ルールの下でいかにして故障者を減らすか、または故障から回復するまでの時間を少なくするか、すでに研究が進められている。それはトレーニングや治療方法、食事などさまざまな分野に及ぶ。
これも一つの例だが、恒例となったロンドンゲームでは時差ボケが大きな課題だった。これに対してチームは移動時期を早めるなどして対処してきたが、最近では睡眠や体内時計のメカニズムに詳しい専門家を招いて指導を受けたりするチームも増えている。こうしたこだわりはさすがに北米プロスポーツの最高峰だと思わせるものがある。
現行CBAがコンタクト軽減を唱えたのは選手の安全面に配慮した結果だ。それは重んじたい。その上で故障を減らす方法が見つかれば、NFLは新たな次元への扉を開けることになるだろう。
いけざわ・ひろし
- 生沢 浩
- 1965年 北海道生まれ
ジャパンタイムズ運動部部長。上智大学でフットボールのプレイ経験がある。『アメリカンフットボールマガジン』、『タッチダウンPro』などに寄稿。NHK衛星放送および日本テレビ系CSチャンネルG+のNFL解説者。著書に『よくわかるアメリカンフットボール』(実業之日本社刊)、訳書に『NFLに学べ フットボール強化書』(ベースボールマガジン社刊)がある。日本人初のPro Football Writers Association of America会員。